策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 院長の治療補助が終わり、診察室の準備を始める。

 まだまだ、狂犬病ワクチン接種もフィラリアで、連日のスケジュール表には空きがない。

 昨年は卯波先生もいて、今年は、どうなることかと思ったけれど、いざとなったら三人で回せるもんだ。

 結局どうにかなるもの、腹が据わった。

 熱中症の恐ろしさは、常日頃からオーナーに話しているから、対策はばっちりのようで、ほとんど熱中症での来院はない。

 暑いときだけじゃない、真冬でも熱中症はなるから、一年中油断ならない。

「緖花さん」
「はい!」
 受付から坂さんに呼ばれたから、小走りで駆けつけた。

「これ在庫確認したから、注文お願い」
「はい」
 二年目ともなると、受付や検査も徐々に“らしく”なってきた。

 坂さんも院長の方針に従って、私が新人のころでも構わず、なんでもやらせてくれたから、それなりに受付業務も成長していると思う。

 受付仕事が終わると、いよいよ開院。

 朝イチの患蓄は二歳のコーギー。問診を終え、院長のもとへ向かう。

「診察お願いします。コーギーのコウタです」
「コウタか、どうしたって?」

「夜中と今朝と二回嘔吐で、食欲不振ですが元気はあります。熱は平熱です」

「ぐったりはしていない?」
「はい。昨日、多人数のバーベキューをしたそうです」

「ありがとう、いい情報を仕入れてくれたな」
 なにかピンときたようで、院長の頬がほころぶ。
 やっぱりね。私の見立て通りかな。

「時期的に急性胃炎だろうと見立て、最終的に消化器系疾患におとしていくつもりだったけど、もう診断ついてんじゃん」

「ですよね。高脂肪のお肉を与えてしまったんでしょうね」
 タレには、ネギがからんでいることもあるのに。
 考えるだけで、ぞっとする。

「痛がってもないだろ?」
「はい、触診も痛がりませんし、お腹をぺったり診察台につけて伏せてます」

 自力で嘔吐したコウタは、どこかすっきりした様子で、おとなしく診察を受けた。
 
 コウタは軽度の胃炎で済んだ。院長は、コウタのオーナーに二日間の絶食絶水の指示を出した。

 三日目には、きっと回復する。その後は徐々に流動食を与えてあげることも、院長は話した。

 診察を終え、スタッフステーションに行くと、セミナーの資料をせっせと作成している院長がいた。

「お疲れ様です」
「お疲れ」
 パソコンのキーボードを打ちながら、院長の返事がする。

「バーベキューの季節になると、急性胃腸炎や食中毒が増えますね」

「俺たちは草花もだけど、動物の病気で季節を感じるよな」

「たしかに」

 ふだんはしないのに、バーベキューでは人間の食べものを与えてしまう人が、一定数いらっしゃる。
 開放的になるのかな。

「院長」
「改まってなんだよ?」
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