策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 手を引かれてエレベーターから出ると、目の前の通路から眼下に広がる景色を見下ろす。

「わあ気持ちいい、心地いい風。眺めがいいなあ、静かですね、人がちっちゃく見える」

 と、返事がないと。

「すみません、喋りすぎですか?」
「宝城で慣れている」
「あああ、納得」
「入れ」
 卯波先生ったら手を離して、ひとりでドアの前まで行っちゃった。

 私は、ためらってしまい踏み出せない。

「男のひとり暮らしの部屋に上がるのが、初めてだから戸惑っている」
 おっしゃる通りです。

「ひとりだけ、そこで夕食にするか?」 
 えええ、お腹ぺこぺこだけれど、玄関の外じゃ無理。

「無理なら四の五の言わずに、さっさと入れ」
「四の五の言ってません」
 無理って思ったの、どうしてわかるの? 

「顔にも書いてないのに、なぜわかったんだろうな」

 素っ気なくぽつりと呟き、とっとと入って行っちゃう卯波先生のうしろを追わなくちゃと、急いで玄関におじゃました。

 わあ、卯波先生の家、いい香り。貴公子然とした美形は、家まで上品な香りなんだ。

 リビングに入ると、茶系のカーペットにベージュのソファーと、なにより真っ先に視線に入ったのは、タンスより遥かに大きな本棚。

 整然とした室内は、まるでモデルルームみたい。

 広がる空間はきれいに片付いていて、塵ひとつ落ちていない完璧な光景は、卯波先生らしさがビシビシと伝わってくる。
 
 カバンを下ろしたら、卯波先生が早速キッチンに向かった。
 お腹を空かせたひな鳥に、せっせと餌を運ぶ親鳥みたい。

「嫌いな食べ物はないか?」
「ないです」

「子どものころに、お母さんが工夫して食べさせてくれたんだろうな。好き嫌いの多い、わがままにならないように」

「母のありがたみを実感します。子どものころも、ひとり暮らしの今も感謝してます」

「わかる。きみは、親御さんに感謝ができる心を持っている」
 卯波先生って優しいんだ。

 ふだんクールでつっけんどんなのは、もったいないな。

「お手伝いすることはありませんか?」
「世話をするのが好きだから、座っていてくれ」
 世話好きなんだ。お兄ちゃんだし、そんな感じ。

「そのかわり、冷蔵庫に飲み物が入っているから、自分で自由に持って行け」
 対面式のオープンキッチンだから、会話ができる。

「料理、好きなんですか?」

「親が共稼ぎだったから、弟にも食べさせてあげなくてはならなかったし、料理をするのが当たり前だった。そう考えれば料理をするのが好きと言える」

「お兄ちゃんって感じですよね。よく気が利いて、気配りができて優しくて、小言が多くて口うるさくて」

「ちょっと来い」
 いつもの低く強い声が響く。
 小言が多くて、口うるさいがまずかったのかな。
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