仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
第五章 清くて強い花



「先生、ありがとうございました」
「お大事に。ではまた来月外来で」
「はい。失礼します」

 超高齢の女性患者が、看護師に支えられながら、つたない足取りで診察室をあとにする。彼女は先月自宅で転び、頭部外傷の疑いで運ばれ一週間ほど入院していた。

 彼女の背中を見送ると、プライベート用のスマホを白衣のポケットから取り出した。だが、待っている通知はない。

 杏にUSBを持ってきてもらった日からまる一日、また家に帰れないことが続いている。

 しかも今朝から何通もメッセージを送っているが、なぜか返信がない。電話をしてみるも出ず、どうしたのかと心配している。

『杏。見たら連絡くれ。時間ができたら、話したいことがある』

 再度メッセージを送信すると、はぁと天井に向かって息を吐いた。

 会いたいのに会えないのは拷問のようだ。早く会って抱きしめたい。そんな煩悩だけが、大知の頭に募っていく。

「岩鬼先生、次の方お呼びして良いですか」
「あぁ、頼む」

 短く返答して電子カルテを開くと、仕事モードに切り替えた。



< 134 / 161 >

この作品をシェア

pagetop