仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
 

(そんなの嘘だ……)

 つまり、大知とはもう他人になるってこと?

 こんなの、何かの間違いだって、言い返したい。でも自信がない。いろんな感情がせめぎ合う。

 杏の目には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうだった。
 
「離婚、おめでとうございます。私は指示通りにしただけですので、訴えるなんてやめてくださいよ? そもそも騙すような真似したのはそちらでしょ? 最低な行いですよ」
「騙すなんて……」
「では急いでますので、私はこれで」

 勝ち誇ったような顔で頭を下げると、閑は病院とは真逆の方に向かって歩き始めた。

 追いかけて止めたいのに足が動かない。離れていく彼女の背中が、ゆらゆらと歪んで見れる。その場に取り残された杏は、暫く放心状態だった。


< 133 / 161 >

この作品をシェア

pagetop