暗い暗い海の底
「どうせなら、他の姫と結婚してくれればいいのに。といつも思っています」

「捕らわれの人魚姫……。どうか、オレのものになって。泡になる前に」

 キラキラ男は意外とロマンチストな男だったらしい。だけど、その臭い台詞も陳腐であるとは思えず、ただただ嬉しいだけだった。

 私自身の中にもこのようにはしたなくて淫靡なものが隠れていたことを、この男によって暴かれていた。声が枯れるまで啼かされるのに、シンデレラのように時間がくれば魔法が解ける。彼に抱かれた痕跡を残さずに、私は夫のいない自宅へと戻る。

 恐らく夫は、私に男ができたことに勘付いているはずだ。だが、何も言わないのは、自分も外に女がいるからだろう。気付いているけれど気づかないフリをするのが仮面をかぶった夫婦。お互いは気付いても、他の人に気付かれなければいい。それが世間体というもの。

 お互いに仮面をかぶりつつけ、私たちの結婚生活はうまくいっていた。はずだったのに――。

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