暗い暗い海の底
「おい。つげよ。本当に気が利かない女だな」

 黙って缶ビールを開け、グラスにそれをついだ。グラスの半分以上が泡になり、泡が零れ始めた。

「ビールも満足につげないのか、君は」

 彼が手を振り上げたところで身構えた。が、痛みはやってこない。代わりに、髪の毛をつたっていく滴。

「零れところ、拭いておけよ」

「はい」
 ビールまみれの髪の毛になってしまった。私が歩くたびに、ビールの滴がポタポタと床に零れていく。

 髪の毛を拭いて、床を拭いて。彼に適当なおつまみを準備して。

「どうぞ」
 厚焼き玉子を出せば、驚いたように彼が見上げてきた。
「どうかしましたか?」

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