Dear my girl

 バイトも4日目になると、だんだん楽しくなってきた。

 気恥ずかしかった制服にも慣れ、接客もだいぶ安定してきたと褒めてもらえた。
 
「最初の頃は、よたよたトレー持ってたもんね。危なっかしくて目が離せなかったよ。私、はらはらしてついて行っちゃってたもん」

 先輩スタッフに笑われ、沙也子の頬が赤くなる。
 
 でも、沙也子も少しずつ自信を持つことができた。はじめは律を助けるためのバイトだったけれど、今では自分のためにもやり遂げたいと思っている。沙也子でも役に立てることが嬉しかった。


 19時を過ぎると、雨のせいか客足が途絶えた。
 朝からしとしと降り続ける雨は徐々に激しさを増し、先ほどから叩きつけるような雨音に変わっていた。

 あと30分もすればラストオーダーだ。今日も無事に終えられそうだと一息ついていると、ドアベルがチリンチリンと来客を告げた。

 沙也子は思わず二度見してしまった。
 メルヘンのお店に男性が入ってきたのだ。

 スーツ姿のその人は、すらりとして線が細く、中性的な顔立ちだが、やはり男の人だった。

 スタッフたちが色めき立ち、嬉々として接客に向かう。
 男性はにこやかに注文をしていて、ここがどういうカフェか、ちゃんと理解しているようだった。
 居心地悪くないのかなあと思っていると、顔を赤らめた先輩が興奮気味に沙也子の耳元で囁いた。

「うああ、あの人、パンケーキ王子だ」

「お……王子っ⁉︎ ですか?」

「しーっ 谷口さん、声が大きい」

 すっとんきょうな声を上げてしまい、先輩が慌てていさめる。沙也子ははたと口元を手で押さえた。

 先輩はうっとりした顔つきで続けた。
 
「パンケーキが好きで食べ歩いてる人なんだけど、SNSで大人気なんだよ。まさかうちに来るなんて〜」

「そうなんですか」

 沙也子はあらためてこっそり王子を窺った。

 スマホを専用のスタンドに立て、動画を撮りながらパンケーキとドリンクの解説をしている。
 お店に何の声がけもしていないが、こういうのは勝手に撮影していいものなのだろうか。

 沙也子がスタッフたちに目を向けると、目にハートマークを浮かべているので、これで構わないらしい。

 気にしないことにして、他のテーブルを拭いたり紙ナプキンを補充していると、王子が沙也子を呼んだ。

「ちょっと、きみ」

「はい。お待たせいたしました」

(追加かな……?)

 沙也子がオーダー端末を用意して待っていると、王子がじっと見つめてくる。

「きみ、僕見て何も思わないの?」

「え?」

「ふうん、なんか新鮮だな。みんな僕と話したくて仕方ないんだよ?」

 沙也子は、はああ?と呆気に取られた。何を言われているのか分からなかった。
< 135 / 164 >

この作品をシェア

pagetop