Dear my girl
バイトも4日目になると、だんだん楽しくなってきた。
気恥ずかしかった制服にも慣れ、接客もだいぶ安定してきたと褒めてもらえた。
「最初の頃は、よたよたトレー持ってたもんね。危なっかしくて目が離せなかったよ。私、はらはらしてついて行っちゃってたもん」
先輩スタッフに笑われ、沙也子の頬が赤くなる。
でも、沙也子も少しずつ自信を持つことができた。はじめは律を助けるためのバイトだったけれど、今では自分のためにもやり遂げたいと思っている。沙也子でも役に立てることが嬉しかった。
19時を過ぎると、雨のせいか客足が途絶えた。
朝からしとしと降り続ける雨は徐々に激しさを増し、先ほどから叩きつけるような雨音に変わっていた。
あと30分もすればラストオーダーだ。今日も無事に終えられそうだと一息ついていると、ドアベルがチリンチリンと来客を告げた。
沙也子は思わず二度見してしまった。
メルヘンのお店に男性が入ってきたのだ。
スーツ姿のその人は、すらりとして線が細く、中性的な顔立ちだが、やはり男の人だった。
スタッフたちが色めき立ち、嬉々として接客に向かう。
男性はにこやかに注文をしていて、ここがどういうカフェか、ちゃんと理解しているようだった。
居心地悪くないのかなあと思っていると、顔を赤らめた先輩が興奮気味に沙也子の耳元で囁いた。
「うああ、あの人、パンケーキ王子だ」
「お……王子っ⁉︎ ですか?」
「しーっ 谷口さん、声が大きい」
すっとんきょうな声を上げてしまい、先輩が慌てていさめる。沙也子ははたと口元を手で押さえた。
先輩はうっとりした顔つきで続けた。
「パンケーキが好きで食べ歩いてる人なんだけど、SNSで大人気なんだよ。まさかうちに来るなんて〜」
「そうなんですか」
沙也子はあらためてこっそり王子を窺った。
スマホを専用のスタンドに立て、動画を撮りながらパンケーキとドリンクの解説をしている。
お店に何の声がけもしていないが、こういうのは勝手に撮影していいものなのだろうか。
沙也子がスタッフたちに目を向けると、目にハートマークを浮かべているので、これで構わないらしい。
気にしないことにして、他のテーブルを拭いたり紙ナプキンを補充していると、王子が沙也子を呼んだ。
「ちょっと、きみ」
「はい。お待たせいたしました」
(追加かな……?)
沙也子がオーダー端末を用意して待っていると、王子がじっと見つめてくる。
「きみ、僕見て何も思わないの?」
「え?」
「ふうん、なんか新鮮だな。みんな僕と話したくて仕方ないんだよ?」
沙也子は、はああ?と呆気に取られた。何を言われているのか分からなかった。