Dear my girl

* * *


 7月も半ばになれば、日中の気温が30度を超える日が多くなった。

 本日の前期テストを無事に終えた沙也子は、カフェテリアでアイスミルクティーを頬に当てて涼をとっていた。
 オーバーヒート気味だった脳に、汗をかいたコップの冷たい感触が心地いい。

 必死に勉強して入った大学はついていくのが大変だけど、興味のある分野だけに、やりがいを感じている。

 あと一息。残りのテストも頑張らなければ。
 それさえ終われば、とりあえずは夏休みだ。レポート課題のことは、今は考えないでおく。

 沙也子は、そろそろ来るかなと辺りを見回した。森崎律と一緒にお昼を食べる約束をしている。


 ミルクティーのストローに口をつけたところで、「谷口さん」と声をかけられた。 

 顔を上げてみれば、理学部の女子だった。
 最近よく一孝に話しかけているのを見かけるが、沙也子とはまったく面識がなかった。
 
 ぽかんとしている沙也子に、彼女はふわりと微笑みかけた。
 ゆるいウェーブの髪を横で一つにまとめ、すっきりしたオフホワイトのワンピースを着ている彼女は、沙也子から見てもとても可愛らしい。

 これはモテるだろうなと思い、そういえば「モテたくて理学部に入ったらしい」と大槻やよいが言っていたことを思い出した。

「私、理学部の市村です。ここ、いいかな。谷口さんと話してみたかったんだ」

「あ……、ごめんね。せっかくだけど、友達が来るんだ」

「少しだけだから」

 食い下がられて、沙也子は戸惑った。
 そう言われてしまえば、断りきれず、結局はあいまいに頷いてしまった。

 彼女は嬉しそうに微笑むと、沙也子の向かいに腰を下ろした。カフェオレに口をつけ、沙也子をじっと見つめてくる。

「実は……私ね、涼元くんのこと、好きになっちゃったみたいなの。それでね、告白してもいいかな?って」

「えっ?」

「やっぱり彼女さんには言っておかないとフェアじゃないから。いいよね? だって、恋人がいるひとに告白しちゃいけない決まりなんてないもん。選ぶのは彼でしょ? 問題ないよね?」

 訊いておきながら、沙也子に否とは言わせない勢いだ。沙也子は少し引き気味に市村を見つめた。

(ぐいぐいくるなあ……)

 確かに、沙也子が何を言ったとしても、選ぶのは一孝だ。告白を阻止する権利だってない。

 黙りこくった沙也子を見て、彼女は可愛らしい笑みを浮かべる。

「黒川くんが話してるの聞いたんだけど、涼元くんって、東大受かったのにうちに来たんだって? すごいね。もしかして、谷口さんに合わせたとか?」

 まったくその通りなので、沙也子は何と答えるべきか口ごもった。

 彼女の言いたいことは分かる。
 子供の頃からさんざっぱら言われてきたことだ。

 沙也子と一孝では釣り合わないと。
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