Dear my girl

この気持ちの先に 1


 旅行当日の朝は、ものすごく早く目が覚めてしまった。

 二度寝しようにも寝つけず、沙也子はまだ暗いうちから朝ごはんの準備をした。
 それでも時間がたくさんあるので、忘れ物はないか荷物のチェックに勤しんだ。
 
 昨夜から何度も何度も確認しているのに、それでも落ち着かない。
 だって、旅行なのだ。
 高鳴る胸をまったく抑えることができなかった。

 それから1時間後に起きてきた一孝は、すっかり準備が整っている沙也子を見て驚いた。

「えっ 俺、時間 間違えた?」

「ううん、わたしが早く起きすぎただけ。なんかドキドキしちゃって」

 一孝は少し呆れたように苦笑してから、心配そうに目を細めた。

「谷口が泳ぎたいって言うから、海の近くにしたけど。今からそんなんじゃ、もたねぇぞ」


 沙也子の誕生日プレゼントとして温泉を企画してくれた彼は、いくつか目星をつけた中から沙也子に選ばせた。
 どの宿も素敵だったけれど、沙也子が一番心惹かれたのは、海水浴も楽しめる温泉宿だった。

 この年になるまで温泉も未経験なら、実は海水浴も未経験。せっかくの夏休みだし、どちらも堪能してみたいと思った。


 朝食に沙也子が作ったBLTサンドを食べ、いざ出発という段になり、またしても一孝は瞬いた。

「1泊って言わなかったっけ」

「聞いたよ。ていうか、わたしが1泊でいいって言ったんだし」

「……荷物、でかすぎねえ?」

 彼が肩から提げているものと比べて、確かに倍以上はあるだろう。
 けれども多少重くなっても、持ってくればよかったと後で悔いるよりはずっといい。そう思っていろいろ用意していたら、大きいバッグになってしまった。

(でも、やっぱりこんなにいらないかも。今から減らす?)

 焦ってまごまごしていると、頭にあたたかい感触がした。
 一孝は沙也子の頭をぽんぽんと撫で、それから沙也子のバッグを手に取った。

「涼元くんっ わたし、自分で持つから」

「いいから。谷口は、はぐれないことだけ考えて」

 沙也子のバッグを肩にかけ、その同じ手で自分のバッグを持った一孝は、空いているほうの手を沙也子に差し出した。

「ありがとう……」

 いつの間にか当たり前のことになったけれど、手をつなぐその時はいつだってドキドキする。今日は旅行に行くのだから、なおさらだった。
 そっと手を重ねると、指を絡めて握り直された。


 一孝がこの春に運転免許を取得したので、レンタカーで行くという案もあったけれど、沙也子の希望で電車で行くことにした。
 せっかくの旅行なので、この行程も旅情も味わいたい。彼の助手席に乗せてもらうのは、また今度のお楽しみにする。

 特急列車に乗り込み、窓側に互いに向き合って座った。
 景色を眺めながらおしゃべりをしているうち、徐々に風景が変わってくる。
 蒼空に浮かぶ真っ白い雲。青々とした海!

 一孝と二人、どんどん日常から切り離されていくことが嬉しくて、沙也子は高揚感に浸った。
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