Dear my girl

 保健室は一階にある。
 保健室に行くにしろ、昇降口に行くにしろ、必ず後輩の教室の前を通ることになる。
 やよいが通りかかると、授業中だというのに、後輩男子はすぐに廊下の窓越しに気がついた。

 目を合わせて頷き合う。犯人が授業中に谷口の靴箱に行くとしても、怪しい人物が通れば必ず後輩は気づくはずだ。
 いよいよ手詰まりになり、やよいはまたしても泣きたい気持ちになった。

 当然、昇降口には誰もいなかった。
 保健室に行くと、幸いと言っていいのか、養護教諭は不在だった。会議中らしい。

「あの、一人で大丈夫なので。黒川くんはもう戻ってもいいですよ」

 適当に時間を潰してから教室に戻ろうと思っていると、黒川は複雑そうに顔をしかめた。

「俺のこと嫌いなのは知ってるけど、具合悪い人を放っておくほど薄情じゃねえっスよ」

「そ、そういう意味じゃ……」

 そもそも具合など悪くないのだ。
 思いのほか傷ついた顔をされ、やよいは戸惑った。胸が痛み、涙が滲んでくる。

(……もう、全然何もうまくいかない)

「……ごめん! 言い方キツかった」

 泡食ったように謝られ、ますます心が苦しくなった。

「違います。……ごめんなさい。具合なんて悪くないんです」

「……どういうこと? もしかして、なんか悩んでんの? 最近ちょっとおかしいよね」

 やよいは咄嗟に口ごもってしまった。不自然すぎて、もう否定しても信じてもらえないだろう。

「……ちょっと、いろいろあって。でも大丈夫ですから。なんとかします」

 踏み込んでほしくなくて、やよいは黒川に微笑みかけた。笑顔を見せたのは初めてのことだった。
 けれども黒川は、よりいっそう真剣な顔をした。そんな表情を見るのも初めてだった。

「大槻さんが、どんなことでも手を抜かずに頑張ってるの知ってるよ。でも、もし何か辛いことがあるなら、吐き出してほしい。俺にだって、聞くことくらいできるし、役に立てることがあるかもしれない」

 ――普段チャラいくせに。
 女子をはべらせてヘラヘラしているくせに。

 どうしてこんなに、心の脆いところに沁み込むようなことを言うのか。

 やよいの目から、ぽろぽろ涙がこぼれた。

(……谷口さん。ごめんなさい……)

 もう、やよいだけでは無理だった。



 やよいの話を聞いた黒川は、顔色を変えた。

「涼元に言うべきだと思うけど……そんなに嫌がってんの?」

「……はい。誰にも言わないでほしいけど、特に涼元くんには絶対言わないでって」

 黒川は、下唇を指で摘んでしばらく考え込んだ。こんな時なのに、変な癖だなとやよいは思ってしまった。

 黒川を見守ることしかできずにいると、やがて彼は勢いよく「よしっ」と言った。

「森崎さんの意見を聞こう」
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