憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
 その後のふたりがどんな人生を歩もうと、まったく興味はないし、知りたいとも思わない。

「美羽姉!」

 花壇の花から顔をあげて、私に声をかけた幼なじみを見る。爽やかさを感じさせる笑顔を浮かべて、駆け寄ってくれた。

「学くん、帰ってたんだ?」

 話しかけながら立ち上がると、学くんは私が見ていた花壇を眺める。どこか嬉しそうに見えるのは花壇を見た途端に、唇の端が上がったから。

「ついさっき帰ったばっかり。半休ついでに着替えを取りに帰ったのと、シャワーをしてきた。溜まってる洗濯物、お願いしていい?」

「洗濯物ね、いいよ。まかせて……」

 露っぽいウェーブヘアが学くんの優しげなまなざしを彩っていて、太陽の光を浴びたことでキラキラしているのを目にした瞬間、ドキッとした。見慣れているハズの顔なのに、意識するたびに落ち着かなくなる。

(――学くんって、こんなに格好よかったっけ?)

「美羽姉、なにかあった? なんか元気ないみたいな感じ。もしかして、テレビ局のヤツらに追いかけられたとか……」

 私の声の調子だけで、いつもと違うことを察することのできる有能さに、幼なじみはダテじゃないなと思わされた。

「学くんの秘密基地のおかげで、追いかけられることはないよ」

 花壇から私に視線を移した学くんと、バッチリ目が合い、彼の口元が一瞬引きつってから声を出す。

「え、そ、うなんだ……」

「うん、私は元気だよ」

 お互いになぜかぶわっと頬を赤らめて、すぐに視線を外した。告白したあとで、こうやってあらためて喋ると、この間のことを思い出してしまって、ドギマギしてしまう。

「……副編集長が教えてくれたことがあって」

 学くんが妙な間のあとに、なぜかまくしたてるように喋る。多分、気を遣って話題を提供してくれたんだろう。

「なにを教えてくれたの?」

「その後の上條さんの容態。刺された傷は酷いものじゃなかったんだけど、神経を傷つけたとかで、左半身に麻痺が残る障害になったって。奥さんに理不尽な暴力を振るって、バチがあたったんだろうって副編集長が言ってたよ」

「へぇ、そう……」

 ワイドショーを見ているときと変わらない無感情が、声になって表れる。

「美羽姉?」

 リアクションの薄さに気づいた学くんは、腰を落として私の顔を覗き込む。

「学くんや一ノ瀬さん、副編集長さんに村田先輩や美佐子おばさんとお母さん。私の復讐に巻き込んでしまって、すごく申し訳なかったはずなのに、今はその後悔すらなくなっちゃった」

「そうか……」

「あの人たちのことをあんなに憎んでいたのに、それすらも消滅してね。あれだけ世間にこっぴどく叩かれている姿を見ることができて、ここぞとばかりに喜ばなきゃならないのに、冷めきってる私の姿は、協力してくれた学くんたちに、すごく悪い気がする」

 自分の中にある感情を思いきって告げたら、細長い両腕が私の体を攫うように抱きしめる。

「いいじゃん、それで」

「だけど――」

 シャワーを浴びたあとだからか、学くんの体から石けんの香りがした。それを吸い込むだけで、強ばっていた心が自然と癒されていく。私を抱きしめる両腕は強すぎず弱すぎずで、彼の優しさがそういう所作として表れているのがわかった。

「俺さ思うんだけど、誰かを憎む気持ちは、ものすごいエネルギーが必要なんじゃないかって。今の美羽姉はガス欠してるだけだよ。ずっと頑張ってたし」

「学くん……」

 私の欲してる言葉を告げてくれる優しい彼に、またもや頼ってしまいたくなる。もっと強い人間でありたいのに。弱いままじゃ、またなにかあったときに、誰かに頼ってしまうことになるから。

「美羽姉の中が空っぽになってるのなら、俺が愛情で埋めてやる。それじゃあダメかな?」

「え?」

 思わず頭を上げて、学くんを見た。頬だけじゃなく耳まで真っ赤に染めた彼の顔がそこにあって、顔を赤らめる理由がわからず、ポカンとしてしまう。
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