憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
誘惑
 上條課長は決算期でかなり忙しい最中なのに、あからさまに焦った面持ちでスマホを片手に、そそくさと部署を出て行った。そんな彼の大きな背中を、書類を見てるふりしながら横目で見送る。

(もしかしてだけど、この間お邪魔したときにわざとお残ししたゴミが、美羽先輩に見つかってしまったとか?)

 声をあげて笑いだしたくなるのを、ぐっと堪えた。ゴミを見つけたときの彼女の顔が、どれくらい歪んだのかを想像するだけで楽しくてならない。

 この会社に転職する前にした上司との不倫は、私からモーションをかけてはじめたものだった。彼のヘマで奥さんにバレて会社の乗り込まれたときは、泣きながら上層部に縋りついた。相手に無理やり襲われたことで始まって、それをネタに脅されて、嫌々不倫を続けていたと、うまいこと嘘をついてやり過ごす。 

 長い髪を振り乱し、顔を歪ませて涙ながらに訴えた私を、元上司の彼は激怒しながら強く否定しても証拠はない。

「今度はどうしようかな……」

 隣の芝生は青く見えるじゃないけど、私が好きになる男性は、いつも誰かのものだった。彼女といる彼が優しい笑顔を向けているのを見ると、無性に欲しくて堪らなくなる。

 友達の彼を奪って友情が壊れることもあった。だけど彼氏がいれば全然平気。奪っては捨ててを繰り返しているうちに、ついに奥さんのいる人を好きになってしまった。

 友達の彼氏なんかよりも、相当リスクのある付き合い――奥さんだけじゃなく、周りにバレないようにするスリルさは、普通の交際じゃ味わえないもので。

(しかもそれがここでお世話になった、美羽先輩の旦那さん。ワクワクしないほうがおかしいでしょ)

 前回の不倫は、お互い会社を辞めることでカタがついた。再就職したここで私を指導してくれた美羽先輩は、前職を辞めた理由を聞かずに、優しく仕事を教えてくれた、とても素敵でいい人。

「だからこそいい人すぎて、反吐が出そうになるんだよね」

 上條課長と美羽先輩が付き合っているのは、ここでは皆が知っている事実だった。交際して、1年を過ぎているからだろう。上條課長にモーションをかける女子社員は、誰ひとりいない。それくらい、ふたりは似合いのカップルに見えた。

 この不倫をはじめるきっかけは、上司と部下という間柄を職場で一切崩すことなく、ほかの職員と同じように美羽先輩に接する上條課長が、ここを出た際に先輩に見せた甘ったるい顔と声を、私だけに向けさせたくなったから。

 私が上條課長に蜘蛛の糸をかけたのなんて、絶好のタイミングだと思う。
< 4 / 118 >

この作品をシェア

pagetop