クリプト彼氏 ─ずぶ濡れDAOとカルダノ(ADA)の余裕がなくなった話─
営業用スマイルで、アタシも大好きよ♡と伝えた。
好きだと言われたら、好きだと返す。こだまでしょうか、いいえ、仮想通貨です。
通貨歴六年のエイダに染み付いた暗号資産の所作。通常営業だ。

危なかった!あのままDAOと最後までやってしまったら、プロジェクト参加者に申し訳が立たない。
別れ際では普段通りにふるまえた。現状ならまだ元の関係に戻れるはずだ。
DAOの「大好きだ」もきっと世話を焼いたお礼みたいなものだ。

それから1週間。それなりに仕事をこなして、仕事上でDAOと会う時もいつも通りのつもりだった。が、同僚のテザー(USDT)にはそうは見えなかったようだ。玄関に現れたテザーはDAOを引き連れている。テザーの顔を見た時、この世の終わりかと思った。

手にはケーキとプレゼント。エイダは自分の誕生日をすっかり失念していた。ここ一週間ほど上の空だったことを自覚する。
テザーが笑顔だったので救われた。やはり Tether (絆)である。どこかファンサ用笑顔の気がしなくもないが、お祝いの席では、お祝いするのがマナーである。前日にテザーに髪を切ってもらい、めかし込んだDAOが嬉しそうにバースデーカードを渡してくる。みんなから預かったものだ。二人にお礼を言うと、テザーはつまらなそうに言った。
「前はさ、何かにつけて抱きつく勢いだったのに、最近元気ないから心配したぜ🌟 ていうか俺は何時でも抱きついてくれていいんだぜ?」
両手を広げてハグ待ちポーズをするテザー。ケーキがつぶれないように三人でスクラムを組むように腕を回した。エイダはテザーにもDAOにも普通にふるまえることを確認した。自分に恋心などないのだと言い聞かせるように。

二人が帰ってから、とりあえずケーキとプレゼントの中身を確認。以前、テザーにおすすめの金融資産をリクエストしたのもすっかり忘れていた。まさか誕生日に届けてくれるとは。持つべきものは糟糠の同僚だ。ありがとう、テザちゃん。ありがとう、DAOちゃん……と一人ごちていたところで携帯が鳴った。

DAOからだ。さっき会ったばかりだが、どうしたのだろう。とりあえず感謝を伝えると短い沈黙。目的のない電話に無駄を感じ、適当に切り上げようとしたらぽつりと
「声が聞きたくて」
さっき会ったばかりなのに?とからかうと
「二人きりで、会えなかったから」
「寂しくて、さっき目が合って嬉しかった」
様子がおかしい。仕事仲間だし、目線を合わせるのは普通のはず。金属音がカチャカチャと、かすかに聞こえる。また沈黙。
「俺のカード読んでくれた?」
ケーキとプレゼントに夢中で後回しにしていた。何なら食事をソレですませようと考えていた。慌ててDAOのカードをひっぱり出すと、紙の包みがこぼれた。和風の花の香りが広がる。文香だ。白檀のような、樟脳のような。何の香りか聞いても「思い出して」としか言ってくれない。エイダが日本に縁があるからだろうか。わからない。
メッセージを読み上げる。”誕生日おめでとう。ADAにとって素敵な一年でありますように。これからもずっとよろしく” カードの裏には ”朝茶飲む 僧静かなり 菊の花” 松尾芭蕉の句だ。そのころカルダノはロードマップの第四段階。通称「芭蕉」に入る所だった。因んでいるのだろうか?”電話のむこうでDAOが照れている。いたって普通の誕生日メッセージだが?一句足されてるところが恥ずかしかったのか。DAOが照れ過ぎたのか息が弾んできている。問い質しても笑ってはぐらかされる。

少しの間をおいて「助けて、ほしい、ことが、あって」
言いにくい事だったらしい。言い淀んでいる。衣擦れの音がする。
「エイダ……っ」
なあに?とのんきに返すと、DAOが弱く呻いた。
「エイダ、ここ、熱が」
さっきは元気そうだったDAOを思い浮かべる。確かに頬が上気してた。あれは熱で顔が赤かったのか。
「来て」
ティッシュを抜くような音が聞こえたが、気にしている場合ではない。熱なら看病しなければと部屋を飛び出した。

DAOの部屋の鍵はかけておらず、エイダは不用心だと一喝しながら扉を開けた。DAOのペットの分散型予測市場がオーガー(Augur)と鳴いた。
「エイダ!」
前をはだけたDAOが飛びついてきた。この匂い。エイダは赤面した。察したのだ。通話中にDAOは自慰行為をしていたと。嫌ではなかった。むしろ嬉しい自分の気持ちが怖かった。
「DAOちゃん!いたずら電話は良くないわ!」
照れ隠しの様に釘をさすと
「俺は悦かったよ」
まっすぐな目で言われると、それはよかったと、納得しそうになる。いけない。うっかりすると、この子のお願いなら何でも聞いてしまう。DAOの発言に固まったエイダの服を脱がしながら
「悦かったんだけど、その先を教えてほしくて」
その先とは何か、エイダもわからなかったが、半開きの唇を唇でふさがれる。
「エイダも俺の事好きだって言ってくれて。両想いで嬉しかった。」
それはもしかして先週の別れ際の会話だろうか。あれはDAOにとっては意を決した告白で、ファンサ的ノリの日常会話などではなかった?エイダにとって「好き」は軽いものだが、分散型自律組織にとって重いものであるのを思い出した。決して軽く返してはいけないものだ。今こうして痛い目を見ている。
「でもエイダと付き合うってことは、キスよりもっと……」
エイダの手を、DAOの下着の中に誘って、DAOの後ろに指が入るように促す。
「この後どうしたら気持ちよくなれるの?」

エイダは後悔した。DAOが先週の事を無かった事にしてくれなくて、少なくとも複数回は反芻して、おそらく自慰行為のおかずにされた事を。
開き直って、DAOが強火エイダ担当になって、独りで抜いてるのは個人の自由だ。良しとしよう。
でもエイダが手を出した事実は作りたくなかったのに、DAOにはエイダを好きになって欲しい、誰より独占したいという欲は、認めざるを得なかった。その気持ちは恋に似ていた。そんな存在に煽られたら……

エイダは角度を変えながら唇を重ね、愛でるように指の腹で触れる。両手を脇の下からまわすと反応が強くなる。弱点を見付けたエイダは、DAOを執拗に攻める。口の端から声が漏れ、全く触れずに吐精した。前回より敏感になっている。ある程度柔らかくなったDAOの内壁を押し広げると、DAOの指も入れるように誘う。
「ステークホルダー資本主義も手伝って。どこがいいのか教えて」
耳元で、昔の呼び方で囁くとDAOの肩がほのかに染まる。エイダとDAOの指が浅い所を丁寧に撫でるとDAOの体が跳ねた。自分で触って自分でよくなっている。

ここでお終いにすればいいのに、エイダの独占欲が昂った。DAOの中に印をつけたくなったのだ。
「DAO、背中もっと見せて」
壁に手をついて背を向けさせる。首の後ろから背中にかけて口づけながら、ゆっくりと自身をあてがう。エイダも自律組織相手は初めてだったし、習慣でつい避妊具を付けた。丁度その潤滑剤に助けられた。慣らすように浅く動くと、せかすように腰をゆらしている。感度がいい。
「かわいいよ、DAO。気持ちいい?」
初めてだろうから、絶対に「いや」「ダメ」「痛い」とか言うに決まっている。そこで行為をやめるつもりなのに。そもそも初めては気持ちよくない通貨が大半だろう。DAOは言ってくれなかった。
「エ、イダは?っ」
DAOの見せた少しの余裕を壊したくて徐々に深く入り込む。どこで怖がるかワクワクしてきた。加虐心だ。すべてを受け入れたDAOの内股が震えている。絶対苦しいはずなのに。
「大丈夫?やめようか。俺」
「もっ…と、奥は、気持ちい……かも、知れな。いからっ」
クリプト彼氏のストイックさを発揮された。それなら、と後ろからDAOの両手を掴んでのけぞらせる。今までより高い嬌声。奥に届く体勢だ。ギリギリまで引き抜いてから大きく貫く。エイダももう余裕はなかった。締め付け蠢くDAOにくらくらしながら熱を放った。

後日、バースデーカードに菊の香りの文香を添えたのに気付いてもらえなかったと語るDAOと、動揺しまくったエイダのトークライブがブロックチェーンEXPO’で公開されて、USDTとDappsがとても困ったという。
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