白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!

夫は妻しか見えない 3

フィルベルド様は大事そうに懐にハンカチをしまい、「座ってもいいか?」と聞いてきた。
キッチンにある木のテーブルにカンテラと、この家に置いてあったランプを灯し、2人で隣に座った。

「ディアナ。屋敷ではどんな風に過ごしていたんだ? それに使用人はどうしていないんだ? 侍女がいないだけか? それともたまたま休暇を出していただけか?」
「……あの、使用人はもともといませんよ」
「だから、それはどうしてだ? 屋敷を準備した時に使用人の手配もするようにしてなかったのか?」
「私がお断りしたからです。私の持っているお金では、使用人なんて長期に雇えません」

確かに、全焼してしまったけど、フィルベルド様が屋敷を準備してくれたときに使いの者が来て、使用人のことを話していた。

新しく使用人を準備するか、スウェル子爵家からそのまま使用人を連れて来るか……その二択はあったけど、私はその二択を選ばなかった。
スウェル子爵家からは、使用人を連れて来ても、新しい使用人を雇っても、私には長期に雇えるお金が無かったからだ。

アクスウィス公爵家は援助をかかさなかったから、援助が足りなければ更に追加してくれたかもしれないけど、私の生活費のためにお金が欲しいなどとは言えなかった。
私は、結婚した当初から一緒に住めないと言われている紙切れ一枚の妻なのだから。

「お義父様にも使用人のことは心配しないでくださいとお伝えしました。だから、お義父様は気付かなかったのかもしれません。今は、親戚の方がお義父様のお仕事を手伝っていますし……お見舞いには行っていましたけど、お義父様はこちらにはあまり来られませんでしたし、私がご迷惑をおかけするわけにはいきません」

フィルベルド様がいないし、初対面の時に一緒に住めないと言われたから、お父様が他界してからは、私からは行きづらくなっていた。
万が一にも、お金の無心に来たと思われたくなかったのだ。

「使用人の給金がない? 定期的に金は送っていただろう?」
「ずっとスウェル子爵家に援助をしてくださっていたことは感謝しています。お父様が他界してからも、スウェル子爵家には変わらず援助してくださって……」
「……には? スウェル子爵家の援助だけではない……ディアナの生活を困窮させるようなことは……この二年も、君への仕送りをかかしたことは無いはずだ」
「援助ですよね? ……私が頂いたお金もお返しします。二年前まではお父様と実家にいたから、使わなかったので……でも、この二年で少しだけ生活に使いました……すみません」

フィルベルド様にお金も返そうと話したけど、フィルベルド様は、話がかみ合ってないように困惑している。引き締まった口元を隠すように考え込んでいる。

「あの……本当に少しですから……ほとんどは残っていますので……」
「やめてくれ。仕送りはディアナのためだし当然のことだ。それなのに、俺は妻に苦労させるなんて……なんということだ……」

有り得ないほど、落ち込んでいるかと思えばフィルベルド様の表情が厳しくなり、拳から筋が浮き出るほど握り締めている。

「フィルベルド様……もう、お気になさらなくていいのですよ」

私は、白い結婚を終わらせようとしているんだから、フィルベルド様が心を痛める必要はない。

「ディアナ!」
「は、はい!」

急に私の名前を力いっぱい呼んだかと思うと、すかさず私の前に跪いてきた。

「どうか許して欲しい。必ずこの報いはする」
「えっ!? いいですよ。私は、もう、」
「このまま何もしない訳にはいかん」

私の言葉を遮り、厳しい表情になっているフィルベルド様に立たされると、「では、行こう」とランプの灯りを消した。

入り口に掛けていたフード付きマントを身につけていると、「ディアナの洋服をすぐに仕立てよう」とまた考え込んでいる。
一体私にいくらお金を使うつもりなのか……。

「いりませんよ」
「ディアナにこれ以上苦労を強いるつもりはない」

そう言って、2人で宿に戻ろうと歩いていると、また申し訳なさそうに謝罪してくる。

「お父上が他界した時も帰って来られずにすまない」
「お仕事ですし、隣国に行ってらしたのですから当然です。すぐに帰って来られる距離ではありませんよ……それに、フィルベルド様から、白いリースが届きました。お父様は、お母様の好きだった白い花を好んでいましたから、喜んでいたはずです。私の方こそ、アクスウィス公爵家のことを何もお手伝いしてないのですから申し訳ないです」
「いいんだ。一緒に住めなかったのだから、アクスウィス公爵家に縛られることはない。父上にも、そう伝えていた」

白いリースだけではない。フィルベルド様のお金があったから、スウェル子爵家が没落せず、葬式も立派なものが挙げられたのだ。白い結婚とはいえ、アクスウィス公爵家には感謝している。
ただ、夫がいないだけで……それ以外は、間違いなく誰もが羨む結婚だっただろう。

「そうですね……私は幼かったですから。あの頃にアクスウィス公爵家にいても役に立たなかったでしょう……フィルベルド様には、もっと相応しい方がいます」

でも、将来フィルベルド様が恥ずかしい思いをしないように、女主人の勉強は頑張っていた。
立派な淑女になろうとしていたのだ。

「そんな女性はいない。俺にはディアナだけだ……君のことを思って身を引くべきなのかもしれないが、俺はそんなことはしない……ディアナ。君に愛を乞いたい」
「……何故!?」
「ディアナしか考えられないからだ。どんな理由があろうと離すつもりはない」

いきなり足を止め見つめて来るから何を言うのかと思えば……何故そうなるのかわからない。

「俺には、君しか見えない」

真剣な眼差しで告白してくるが、今からでも夫婦でやっていけるのかはわからない。
一度でも、夫に身体を許してしまえば、それこそ離縁に躊躇してしまう気がする。
ポケットに入れた離縁状の入った封筒が、私を引き留めているかのようにも感じた。

「……もう少しだけ待ってくださいますか? いきなり夫婦には……」
「いくらでも待とう……どのみち帰ってきたら、ディアナに尽くそうと考えていた。だが、どんな返事だろうが、誰にも渡さない」

それは、選択肢は一つなのでは?
離縁をしないまま、夫婦でいることはできるのだろうか。

悩む私に、フィルベルド様は返事を問い詰めることは無かった。優しく手を引き歩き出し、2人で夜道を歩いた。



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