白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!

妻はめまいがする

朝方に寝たせいか、目が覚める頃にはすでに昼だった。
手を見ると、私が寝るまでずっと手を繋いでいたフィルベルド様はすでにいない。

フィルベルド様は忙しい方だ。アスラン殿下に陛下にと信頼されているのは昨夜の様子でわかる。それに、ああみえてもクレイグ殿下でさえ一目を置いている感じだった。

それにしても、まさか陛下の命令に正面から反対するとは思わなかった。

そう思いながら、着替えを済ませて食事を頂きに行こうと廊下を歩いていると、大階段の下からフィルベルド様とルトガー様の声がする。

「謹慎の撤回などお断りだ。むしろ延長してくれ! 今はディアナの側にいなければ……彼女は震えていたんだぞ! ディアナには、俺しかいないんだ。側にいて支えてやらねば……これ以上一人にはさせられない!!」
「しかし、陛下から正式に謹慎の撤回の辞令が下りてますから、すでに謹慎は解けているんですよ」
「なら、こちらは謹慎と延長を求めるぞ!」

物凄い言い合いだった。
騎士団長とあろう者が謹慎の延長をすることなんてあるのだろうか。いや、絶対にない!
しかも、理由が妻のため。

「すぐに謹慎と延長の要望の手紙を書くから、待ってろ!!」
「謹慎の理由はどうするんですか!?」
「クレイグ殿下でも一発殴ればいい!!」

ひぃ!! 
フィルベルド様の行動力が恐ろしい!!

「フィルベルド様!! ちょっとお待ちください!!」

何をするかわからないフィルベルド様を止めようと、慌てて階段に飛び出し駆け降りると、足がもつれて階段でつんのめる。

「きゃあ!」

それをフィルベルド様に支えられた。

「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です……! それよりも、フィルベルド様。少し落ち着いてくださいね」
「俺は落ち着いている。危ないのはディアナだ!」
「す、すみません……」

慌てて飛び出し、階段から落ちようとして落ち着きがないと思われても仕方ない。

でも、それどころではない!

「フィルベルド様。自分から謹慎はおやめくださいね。それにクレイグ殿下を殴るなんて、絶対にやめてください」

昨日の今日だから、クレイグ殿下はまだ『殿下』なのだ。
そんな方を殴れば、フィルベルド様の名誉に傷がつく。
そんな心配をよそに、フィルベルド様は表情が険しくなる。

「随分とクレイグ殿下を庇うな。もしかして、なにかあるのか? 何かされたとか……」
「……何か……ですか? そうですね、フィルベルド様みたいに手の甲にキスをされたことですか? でも、すぐに離しましたし……」
「あの男が……」
「大丈夫ですか?」

私を支えたまま、置物のように固まるフィルベルド様。

嫌な予感がする。
まさかと思うと、予感は外れることなくフィルベルド様が壊れた。

「一体いつだ!?」
「えっ? 夜会の時に一緒にいたと話しましたよ!?」
「あの男!! やはり、ディアナが可愛いくて手を出したのか!!」
「可愛いなんて言われたことないですよ!! 手も出されていません!! それにフィルベルド様を覗いていたと話したじゃないですか!?」

取り乱すフィルベルド様に、ルトガー様が何とかなだめようとしてくる。

「フィルベルド様。手の甲のキスなんて挨拶じゃないですか……少し落ち着いてください」
「黙れ! これではやはりディアナから目が離せない!! 全ての男を排除しなければ!!」

何言ってんの!? 
誰にも狙われていないのに、恐ろしいことを切羽詰まった様子で言っている。壊れるにもほどがある。

「ルトガー!!」
「何ですか? 大きな声を出して……」
「今日かぎりで騎士団を辞めるぞ!!」
「は……?」
「すぐに辞表を出すから待っていろ!!」

めまいがしそう!!

「フィルベルド様!? 何を言っているんですか!? せっかく自力で騎士団長になれましたのに……凄く名誉なことですよ?」
「ディアナに愛される名誉の方が価値がある。男を近寄らないようにしなければならない!!」
「私にそんな価値はありません!!」
「何を言う! ディアナが唯一の宝だ!!」

力いっぱい言われても、全く共感できない。
ルトガー様も困っている。

「フィルベルド様。アスラン殿下も待っているんですよ? 辞表なんか出している場合では……」
「そうですよ。お仕事に行ってください。私は待っていますから……」
「何を言っているんですか? 奥様も行くんですよ」
「……私もですか?」
「アスラン殿下の呪いを見てください。『真実の瞳』じゃないと見えないんですよ。フィルベルド様が休ませている……といって待たせているんですから……」
「……殿下を待たせている?」
「フィルベルド様がそうしてます」

その言葉に青ざめる。
フィルベルド様は、妻が大事だ、と当然のようにしている。

「……た、倒れそう!」
「何!? 大変だ! すぐに医師を呼ぶ!」
「呑気に寝ている場合じゃないですよ! 早く殿下のところに行かなくては!?」

「予言通りなら、アスラン殿下は死なないはずだ。大丈夫だろう」
「呪いの犯人も見つかって捕らえましたから、呪いを強めることはもうできませんからね」

ルトガー様。どっちの味方ですか!?

「フィルベルド様! すぐに行きましょう! 私は、大丈夫ですから!」
「本当に大丈夫か?」

心配そうにフィルベルド様が見ているけど、殿下を待たせるなんて、おそれ多い過ぎる!

「大丈夫です」
「……では、行こう。側にいるからな」
「はい……」

心配しすぎて、私を離したくないフィルベルド様を見て、ルトガー様は「奥様が常識があって良かった」とホッとしていた。




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