白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!

夫婦

夜の寝支度には、ミリアがいつも通り張り切って可愛くしてくれる。

今夜もいつも通り髪を横に軽くまとめて垂らし、お綺麗です、と褒めてくれるけど、今夜のために張り切っていると思われないだろうか。
鏡を見ると少し顔が赤い。

そして、終われば部屋の灯りを落として行くのが日課だが……それを慌てて止めた。

「ミリア。灯りはそのままでお願い」
「……もしかして、フィルベルド様とお話でもされるんですか? それなら、お茶をお持ちしましょうか? お、お邪魔でしょうか?」

その赤ら顔に、まだ夫婦じゃないですよ……と思い慌てて「違うのよ」と言った。
でも、フィルベルド様はお帰りになるとお茶が欲しいだろうと思い、お茶はお願いした。
ミリアは、すぐにお茶を持って来てくれて、部屋に常備しているキャンディーポットのクッキーも新しい物に替えてくれていた。

今夜の仕事は終わったミリアは、「失礼いたしました」と言って部屋を後にする。

他に準備するものはないかと、考えながらフィルベルド様を待っている。
部屋をウロウロ歩き回っていると鏡に自分が映る。薄いナイトドレス姿。子供っぽくはないけど……フィルベルド様の好みがわからないから、これでいいのかはわからない。

夕食も帰って来ないということは忙しいのだろうと思う。もしかしたら今夜は帰らないのだろうか。
お仕事が忙しいのに、今日一緒にと言ったのは、ご迷惑だったかしら……。

でも、クレイグ殿下が呪いをかけた犯人で無かったら、フィルベルド様は後宮に忍び込んだ賊になる可能性もあったのに、それでも一日と待たず私を助けに来てくれた。
それがどんなに嬉しかっただろうか。

私にとって、フィルベルド様を受け入れたいと思うにはそれで十分だった。

まだ、帰って来ないけど今夜はずっと待っていたい。
それでも、初めてのことで落ち着かない気持ちのせいか、意味もなく髪をクルクル触っていた。



――――コンコン。

深夜すぎて、扉の音がするとフィルベルド様だとわかった。それに安堵する。

扉を開けると、よほど急いで帰って来たのか必死な形相で帰宅してきたようなフィルベルド様が立っていた。
安堵した気持ちから、少し後ずさりしたい気持ちになる。

「遅くなってすまない!!」
「だ、大丈夫ですか?」
「問題ない!」

問題はある気がする。こんなに必死になって帰って来るとは思わなかった。
ちょっと怖い。

「起きて待っててくれたなんて……本当にすまなかった」
「いいんですよ。……今夜は約束しましたから……」
「ディアナ……」

感激しているフィルベルド様が、ギュウッと抱きしめて来る。その彼の背に手を回した。
恥ずかしい気持ちもあるけど、不思議とフィルベルド様の腕の中は安心する。

「……お食事はいただきました? もしまだなら、お夜食でも準備しましょうか?」

厨房になにかいただきに行こうか、と思うと、夕食は簡単に摂ったそうだった。

「では、お茶を淹れますね?」

冷えてしまったけど準備していたお茶を淹れると、フィルベルド様はゴクンと飲み干した。
よほど急いで来たのだろう。クレイグ殿下の後宮破壊が大変なのかもしれない。
コンッとカップを置くと、無表情のまま少し間をおいて首元を緩めている。

「……ゆ、湯浴みをしてくる」
「そうしてください……私の部屋のを使ってください。ミリアがタオルとか準備してくれていますから。その間に冷たいお水でも持ってきますね」

彼の表情からは、何を考えているのかわからないけど、とりあえず落ち着いて欲しい。
初めてで飛び掛かって来られでもしたら嫌すぎる。フィルベルド様がそんなことをするとは思えないけど……。

色んな意味でドキドキしながら厨房に氷を取りに行き、戻るとフィルベルド様はまだ湯浴みをしていた。

帰って来るの時とは違う意味で落ち着かない気持ちで待っていると、しばらくしてからフィルベルド様がやっと湯浴みから出てくる。
上半身裸のうつむき加減で、湯浴みから出てきたフィルベルド様の姿に、恥ずかしくて思わず顔を背けた。

……そうだ。今夜本当の夫婦になるんだ。

フィルベルド様の姿に、やっと自覚が確信に変わったように動悸がしてきた。
背を向けたまま熱くなっている顔を抑えると後ろから包み込むように抱きしめられる。

心臓が跳ねたと同時にフィルベルド様の身体はひんやりと冷たい。

「……フィルベルド様。身体が冷たいです……」
「頭を冷やしていた……邪魔ばかりはいるし……ディアナが可愛いし……」
「そ、そうですか……」

まさか湯浴みじゃなくて水浴みをしていたとは……。
驚きはするけど、今の私はそれどころではなかった。
フィルベルド様の上半身は引き締まっていて、背中に当たる感触が逞しくさらに動悸が脈打ってしまう。
回された冷たい腕にそっと手を添えると、彼は静かな声で話しかけてくる。

「ディアナ。この6年一人にさせてしまってすまなかった。離縁を考えるまで追い詰めてしまって……そして、待っていてくれてありがとう」
「いいんですよ……ちゃんと理由もわかりました。……それに私を忘れないでいてくれました」
「君が本当に好きだ……」
「はい……私も好きですからね……」

そう言うと、フィルベルド様の唇が首筋に這う。くすぐったくて身体中が火照り始めた。

「ベッドに連れて行っても?」
「はい……」

この腕から逃げようなどと思うことはないが羞恥は消えてくれないまま小さい声で返事をして、こくんと頷いた。
そのまま抱き上げられて目の前のベッドに連れて行かれる。眉目秀麗なフィルベルド様の艶顔は初めて見た。身体は冷たいのにその艶顔の耳が少しだけ赤い。それが伝染するように私までさらに赤くなりそうだった。
そして、この日本当の夫婦になったのだ。






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