花は今日も咲いているか。~子爵夫人の秘密の一夜~
 実際ルドーがきちんと仕事をしてくれていることは知っているが、腕がいいかまでは知らない。庭など、来客があった時に子爵家としての体面が保てればそれでいい話だ。
 だいたい“たかが”通いの庭師が、女主人である自分に気軽に話しかけすぎではないか。
 恐らく彼は、まだあまり貴族の家に出入りをしたことがないのだろう。身分の差に対してどうも馴れ馴れしい。
 だがそれをわざわざ口するほど嫌な人間にもなれず、エレナはわざと近くの薔薇へ視線をそらした。真っ赤な薔薇が風に揺れている。

「綺麗ね」
「薔薇がお好きですか?」
「どうかしら?」

 花が好きかどうかはともかく、薔薇が好きかどうかなど考えたこともない。

「これをお切りしますか?」

 庭師が艶やかな赤い花弁に指で触れて訊ねる。
 エレナは唇に指を添えて黙り込んだ。薔薇か――、それも真っ赤な薔薇。あまり華やかな花は気が滅入ると思っていた所なのに、これは……。
 悩んで、庭師を見つめる。
 だが、ここで『もっと地味な花がいいの』と言ったらこの庭師は自分をどう思うだろう。ただでさえ馴れ馴れしい彼に同情でもされたら? 

「……そうね、その薔薇を切って頂戴」

 結局、エレナはそう見栄を張った。
 不思議なことに、いざそう口にしてみると、その薔薇を部屋に飾るのもそう悪くない気がした。
 庭師はニカッと笑って頷くと、帽子の位置を直してから腰にかけた鞄から鋏を取りだした。
 それから、鋏を握るのとは反対の手で軽く薔薇を触る。
 何とはなしに、エレナはその様子を見つめた。男の手はごつごつとして大きい。指は長く節くれ立っていて、短く切りそろえられた爪の先は土で汚れている。夫の指とは、まるで違うと思った。夫の指はもっと細く、白く、女をエスコートするためだけに存在しているとでもばかりだ。
 エレナは、この庭師の指こそ男の指だろうと思った。それは、はっきりと夫への当てつけに。
 パチッと軽快な音を立てて男が薔薇を切る。エレナをそれを受け取ろうと手を出したが、庭師は「とんでもない」と首を横に振った。

「奥さまにこのままお渡しすると、お手が汚れます。茎の水切りなどをした後で使用人の方に渡して、部屋に飾るようにお伝えしますので!」
「……それなら、後で私が使用人を来させるわ」

< 5 / 16 >

この作品をシェア

pagetop