ぼくらは薔薇を愛でる
第三章

皮膚科

 ローシェンナの王都からは少し離れた、けれど古くて大きな街・スプリンググリーンに着いた。宿にチェックインを済ませて荷物を従者達に任せ、オーキッドはそのままクラレットと皮膚科に向かった。目当ての医院は大通り沿いにあり、歩きで行ける。時刻は昼過ぎで、途中の屋台や食堂からは空腹のお腹を刺激するいい匂いが漂ってきているし、通りを行く人もかなり多い。

「帰りに何かうまいもの買って帰ろう、みんなの分も」
 オーキッドが辺りを見回しながらそう言うも、クラレットは少し緊張しており返事をする余裕がなかった。また痛い事されるかもしれない、大勢の若い医師の前で裸になって痣をまじまじと観察されるかもしれない、そんな思いが拭えず、街を見る余裕も無く、ただ繋いだ父の手をぎゅっと握りしめた。

 古い石造りの建物が見えてきた。玄関前には小さな花壇が左右にあって、小さな花が植えられている。こぢんまりとした花壇の佇まいにほんの少し緊張感が解れた。これから何をされるのかの不安はこの一瞬で和らいだ気がした。
 中には数名の患者が居り、診察後なのか午後の診察待ちなのかわからないが、皆長椅子に腰掛けていた。

 受付で予約している事を告げるとまもなく診察室へ案内された。ウィスタリアの医師からあらかじめ貰っておいた診断書を手渡し、これまでどのような治療を受けてきたかを口頭でも説明する。医師はオーキッドの話を聞きながらクラレットの痣を観察しはじめ、人型のはんこをカルテに押して、痣の部位を赤いペンで記しながら丁寧に痣の位置、形を記している。顔はまた別の、顔だけのはんこが押され、同じ作業を繰り返した。

 ひと通り診察し終え、クラレットに起きるよう声を掛けてから、カルテに診断書を貼り付けてその中身を読み、そうしてようやく口を開いた。

「ふむ。ウィスタリアでの診断と同じく、私も同じ見立てだ。お嬢様の痣がこれ以上拡がる事はないと判断する。もし痣が気になるなら外科的に取り除くことは可能だが――」
 外科的、と聞いて、丸いすに座っているクラレットが肩を揺らした。その揺れを腕に感じたオーキッドは娘の背に手を当てながら医師に問うた。

「外科的、というと」
「切開を行ったね、それによると痣は表皮にしかないようだ。だから、わざと火傷と似た状態にさせる。火傷をした事はあるね?」
「赤くなり、やがて水ぶくれができます、それが萎んだら皮が乾いて、古い表皮は剥がれ落ちる……」
 うん、と頷いて、医師は話を続ける。
「その状態を作るわけだ。何度か繰り返すことで、やがて痣はだんだん薄くなる。だから一度で終わる治療ではなくて、年単位での取り組みになるかな」
 医師はカルテではなく、その辺の紙片の裏に、皮膚の構造を絵にしながら、クラレットにもわかるように説明をしてくれた。

「……お嬢様はどうしたいかね?」
「痛い、ことは、嫌です……」
 目の前の医師は先ほど、火傷のようにさせると言っていた。クラレットだって火傷をした事があるから、その治る過程は知っている。あれを、この腕や脚、胸で……熱さから痛み、次いでむず痒さを経ての表皮が剥けていく不快感は忘れようもない。更に、患部には薬を塗ってガーゼを貼り付け、汗をかく季節でもお湯を浴びることもかなわない。その不快感もかなり強い。想像してみたけれど一瞬で身体中の毛穴が開き、手のひらに汗が滲んできた。
 怖いわけではない。だが、嫌だ、と身体が拒否をした。この身体にある痣を取り除くためなら、その不快感はたかが一時(いっとき)の事だろう。それを我慢さえすれば、痣のないきれいな身体になれる。だが一度で終わる事はないと医師は言った。その我慢を何度したらいいのだろうか。クラレットは俯いて、膝の上の手を強く握りしめた。
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