ぼくらは薔薇を愛でる

「人が、さすが多いわね」
 港の倉庫の裏にある馬車置き場から歩いて街の中心へ向かう。
「船が来ているようです、祭の準備もあるし余計ですね」
 カーマインには小さな港があって、時たまこうして海外からの船が寄港するが、今は祭が近いのもあっていつもより出入りが多かった。小型船しか停泊できないためたくさんの積荷は無理だが、街で売る程度の量ならば充分に運べる。
 着いたばかりの船の荷下ろしの様子を横目に、護衛のモーブとパープルを連れて仕立て屋へ向かった。生地とボタン、それから糸も足りなくなったら困るため買い込んで店を出た。
「お嬢様、綿は足りるのですか」
「うん、山ほど持ってきたの、きっと足りるわ」
 
 仕立て屋を出て、荷物をモーブに馬車まで運んでもらった。そのまま馬車で休んでいてもらうよう言いつける。
「少し街を歩いてから馬車に戻るから」
「かしこまりました、どうかお気をつけて」

 カーマインは王都と違って流行りのカフェなどが無い。だがクラレットには馴染みのパティスリーがあり、そこでクッキーと、皆へのお土産としてカップケーキを買った。せっかく街に来たのだから、と、本屋や雑貨店にも立ち寄った。
 クラレットの顔を知る街の者からは声がかかる。
「お嬢様、来てくださったんだね!」
「今年もクマのポプリを楽しみにしているんですよ」
 ありがとう、と返事をしながら、クラレットは既視感を覚えた。

 ――こんな風に街を歩いたことがある…

『減るから見ないで!』
『あはは! 独占欲だなあ』

 ――誰と、歩いたんだったか……

 立ち止まり考え込む様子に、パープルが声をかけた。
「お嬢様、大丈夫ですか、お顔の色が優れません、お疲れなのでは? 今日はもう帰りましょう」
「ん……そうね、帰ろうか。少し疲れたみたい」

 馬車へ戻るため街の喧騒から離れるにつれて人がまばらになっていく。祭とはいえ何の出店もないエリアには人はあまり来ない。だが、いま二人の目の前に、空気の怪しい男たちが立ちはだかった。

「お姉さんたち、道を聞きたいんだが」
 パープルが警戒してクラレットを庇って言った。

「道なら、そこを曲がって大通りに出れば衛士の派出所があります、そちらにお尋ねください」
 男二人は顔を見合わせて、ニヤついた。
「冷たいなあ、俺たちは、今、ここで、お姉さんたちに、教えてもらいたいんだ、いいだろう、困ってるんだ」
 ニヤついた顔をして、ジリジリと迫る男たち。クラレットとパープルは後退りする。
(お嬢様、隙を見て逃げて、自警団を呼んできてください)
(ダメよ、パープルを一人残して行けない)
「なに内緒話してんだ、来いよ!」
 二人に向けて手を伸ばした時だった。

「何をしている!」
 背後からかけられた声に驚いた男二人は駆け出したが、すぐに行手を阻まれた。相手は四人。前方に二人、後方に二人の旅姿の男性たちが彼らを挟み込んでいた。逃げられないと悟ったのか、彼らに殴りかかったがあっという間に男二人はぶちのめされた。

「クラウドは何か縛るものを持ってこい、ゼニスは衛士隊を!」
 四人のうちの一人が的確に指示を出す。捕縛用の縄を手にした男性はすぐに戻り、衛士隊を連れてこいと言われた男性は、衛士隊どころか街の自警団まで連れてきた。残る一人は、クラレット達に声をかけてきた。
「お嬢様方、お怪我はございませんか」
「あの、はい、ありません」

 ドヤドヤと駆けてきた自警団が男二人を囲む。
「てめぇら! お嬢様に何しやがる!」
「密航か? 祭の時は増えるなあ、デカいネズミがなあ」
 縄でぐるぐる巻きにされた男たちは衛士隊に引き渡された。

 元婚約者から受けた仕打ちを思い出してしまったクラレットは身体を強ばらせ、パープルにしがみついていた。
「お嬢様、もう大丈夫です、引き渡されましたし帰りましょう」
 震えるクラレットの手をさすりながら声をかけた時だった。自分にしがみついていた力がふっと軽くなったと思って振り向けば、青ざめた顔でその場に崩れ落ちてしまった。
「お嬢様、お嬢様?!」
 その声を聞いた旅人の一人は駆けつけてきて、すぐさまクラレットを抱き上げた。

「馬車はどこだ」
「向こうに。護衛が居ります」
 パープルがそう言うと、男性は馬車までこのまま運ぶから、と申し出てくれた。

「あの馬車です! モーブ、モーブ!」
 馬車に駆け寄って扉を開け、馬車周りを点検していたモーブに声をかける。
「パープル、そんな叫んで……お嬢様?!」
 叫ぶパープルの後ろにいる男性がクラレットを抱き上げているのが見えた。モーブが馬車の中に毛布を敷いて案内すると、旅人はクラレットをそっと馬車に乗せ、寝かせた。髪が頬にかかっていて、指の背でそっとそれを避けてやる。

 馬車の外にいたパープルが旅人に頭を下げた。
「助けていただいた上に運んでくださり、感謝申し上げます。私どもは丘の上の屋敷の者にごさいます。もし旅に余裕がありましたら、後日おいで頂けないでしょうか」
「一刻も早くお嬢様を楽なところで寝ませてあげて欲しい。用事があるからすぐは無理だが、いずれ伺う。では失礼する」
 ニコッと笑顔を見せ、踵を返した彼は、仲間の待つところへ戻っていった。

 パープルは彼の後ろ姿にお辞儀をし、そして、見た。彼の背にある荷物にぶら下がるものを。

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