ぼくらは薔薇を愛でる

「ジョブズ……しっかりなさい。王女様を娶るなんて名誉な事よ」
 書面を手にしたまま動かない長男の膝を、母親が叩いた。顔を上げれば隣に立っていた。

「え、は、はい」
「この事はまだ王女様のお耳に入らないよう気をつけなさい。王御自らお話なさるでしょうから、それまでは暴走することの無いように己を律して職務を全うなさい。あなた達もよ、公表されるまでは誰にも口外はなりません。屋敷の執事にも話してはだめよ。うっかり庭で話して使用人等に聞かれる事の無いようになさい。この件については、私たちの前でだけ口になさい、決して、たとえ夜中の閨であっても、夫婦で語ってはなりません、どこで誰が耳にするかわからないのだから」
 弟夫妻も真剣な眼差しで頷いた。それを見て、母親は続けた。

「王女様を嫁にお迎えだなんてどんな支度をしたらいいのかしら……調度品も新調したほうがいいのかほんとわからないわ。これから忙しくなるわね。別邸を改築して、ジョブズ達の家にしましょうか。王女様はどんな感じのお部屋がお好きなの?」
 そう聞かれ、いつものエクルを思い浮かべた。私室の壁やカーテンはシンプルに無柄で、チェストや机の上にはご自身が作られたぬいぐるみや布でできた花、お気に入りの本が何冊かと、宝物を入れているのだという小さな小箱があるだけで、室内灯も華美ではないし……。

「あの方は贅は好まれません、私室は至って質素です。別邸を改築すると仰いましたが、でしたら庭に小さな温室を作っていただきたく思います、エクル様は薔薇がお好きで手入れをなさいますから、温室があればご機嫌でお過ごし頂けるかと。それからわりと街の食べ物もお好きです。高価な食材や凝った料理をお出ししなくとも満足していただけます。芋の揚げたものはそれはもう美味しそうに嬉しそうに頬張られて……熱いから私が冷まして差し上げるんですが、手に持ったものを直接かじって来られて、可愛いのなんの。そのようにして好き嫌い無く何でも美味しいと召し上がられます。あ、それから裁縫もなさいますから、そういった道具がひと通り揃っていたら喜ばれるかもしれません。お祖母様であるクラレット様のご意志を継いで、小さなクマのポプリを匿名でバザーに出品されているんですが、その売上の一部を孤児院へ寄付なさっておいでです。余ったお金で買い食いをするのが何よりお好きなのです、この間だってお好みのクッキーを紙袋にいっぱい抱えていて、食いしん坊なところも可愛くって、でも全部は食べきれないから侍女達へのお土産も兼ねていて、そんなお優しいところ」
 目を閉じて浮かぶエクルの様子をそのまま声に出して、いかにエクルが素晴らしい女性なのかを伝える。
 冷静沈着であまり笑う事のないジョブズが、頬を赤らめて想い慕う女性の事を話している。ジョブズ以外の三人は顔を見合わせ、彼の喋りが落ち着くのを待った。
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