ぼくらは薔薇を愛でる

 翌朝、騎士控え室で一日の準備をしていたジョブズが王の執務室に呼ばれた。皆は、いつものお忍び街歩きがバレてお叱りを受けるんだろうと冷やかしてきたが、おそらく降嫁の話だ。ジョブズはわかっていた。だが、万が一、皆の言うようにお叱りなのだとしたら、降嫁の話も消えてしまうかもしれない。それは絶対に嫌だ。浮かれる気持ちを抑え、念のため気を引き締めた。

 待ち構えていた王は低い声で、やってきた娘の専属護衛騎士に言った。

「話は聞いておろう」
「はっ、昨日。謹んでお受けいたします。私にとりましてこの上ない事でございますれば、かくなる上はエクル様を終生、いえ死してもなおお守りいた」
 ひと息でまくし立てる、近い未来、娘婿となる騎士の言葉を遮って言った。

「うん、わかったわかった。落ち着け? ジョブズ・ライムライト。エクルをよろしく頼む。で、だ。この事はまだエクルに話していない。昼食が終わった頃、エクルをここへ連れてきて欲しい」
 承知いたしました、と頭を下げたジョブズに、王の投げてきた言葉が突き刺さった。

「私は、お前達がお忍びと称して街歩きをしている事を知っている」

 ――王はご存じだった……! 降嫁の話が……!

「そっそれは、あの」
「咎めているわけではない。だが、あれはどう見てもデートだな! 手っ、手をつないで、あんな、お揃いの服でっ、楽しそうな、エクル……可愛かっ」
「そうでございましょう?! 私が護衛させていただいております王女様ですから」
 その王女の父親が目の前にいるのに、なぜか自慢げなジョブズ。

「ああ、うん。……実はな、他国の王子との縁組を考えてはいたのだ。だが先方は既にお相手が居た。その仲を引き裂いてまで結ぶ縁でもないし、と考えていたら、お前達が手を繋いでデートに出かける様子を目にした。想い合っているようだし、エクルが幸せな未来を生きるには降嫁が一番なのではないかと思ったのだ。これは父親のエゴだ、赦せ」
「赦せだなどと! ありがたきお言葉に感謝申し上げます。ジョブズ・ライムライトは、エクル様を妻に迎え、永き未来を共に生きてお守り申し上げます。エクル様と幸せになります事をお誓い申し上げます」
 グスン、と鼻を啜る音が聞こえた。愛娘の結婚が決まれば、送り出す父親は泣くらしいことは騎士の間でも聞いたことがある。頭を下げていたジョブズは何も見ていないし聞こえなかった。

「つきましては、義父上(ちちうえ)
「え、もうその呼び方!?」
「いけませんでしょうか、義父上。エクル様と昨日からお話ししておりませんのでご機嫌を伺いに行きたいのですが」
 しれっと国王を義父と呼んだジョブズは、そのまま執務室を辞して、エクルのところへ向かった。

 ――エクル様は街歩きを途中で切り上げられたと聞いた。一晩お休みになられて、どうだろうか。お元気になられてるといいのだが。

 だが、エクルはジョブズが近寄るとササッと距離を取ってしまう。視線も合わそうとせず、ジョブズからの問いかけには短い言葉で返してくる。そうこうしているうちに昼になり、休憩のためお側を離れるしかなかった。

 ――何か気に障る事をしたか……母上に言われた、己を律せよ、と……。エクル様を怖がらせてはならない。

 昼食を摂った後、ジョブズは頬を自分で叩いて気合いを入れた。そうしてエクルが居るであろう温室を目指し歩を早めた。

 ――エクル様はどんな反応をなさるだろう。喜んでくださったら嬉しい。早くこの腕にだきたい……。

 カツカツと廊下を足早に進む。いつになく笑顔のジョブズだった。
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