先生、私がヤリました。
ポケットの中で指先が缶バッジに触れて、ぬるい感触がしました。

私が悲しかったのは、先生を怒らせたことでも、傷付けたことでも無くて、先生が本当は私に興味が無かったことです。

ただの生徒の一人。
ちょっと可哀想で、ほだされやすそうな生徒の一人。

面倒になったら簡単に断ち切れるような、人生に居なくてもいい存在。

ううん。

きっと居ないほうが良かったのかな。

失くした物が多過ぎました。

純情も、恋も、モラルも貞操も。
全部先生との未来の為ならどうだって良かったのに。

先生だけが残らない未来。

そんなの生きてないのとおんなじだ。

私は、どうしても踏ん切りがつかなくて、一日中待って待って待って、放課後、先生を待ち伏せしました。

陸上部の練習が終わったら、生徒達が全員帰ったか見回る為に、先生が最後部室を点検することを知っていたので。

男子部室の前で立っていた私に、先生はまた溜め息をつきました。

「もう関わらないでくれ。謝らなくてもいいから。俺とお前は教師と生徒。それだけ。これで全部終わりだ。」

「嫌です。」

「これ以上しつこいと学校に報告する。お前の保護者にも。」

「先生が私の保護者代わりになってくれるって言ったじゃないですか。」

「でも保護者じゃない。お前は俺にとって、みんなと同じ。生徒の一人だ。」

「学校に言ったら、先生が私にしたことも言います。」

「言えばいい。それでお前の気が済んで、俺とお前の関係を終わりに出来るなら。」

終わり。
先生はそれを望んでいる。

先生の口からはっきりと聞いて、後頭部を鈍器で殴られたような感覚と、一瞬毛穴がゾワっとして血液が煮えたぎる感じ、爪先や指先がチリチリと痛んで、それからスッと冷えていく感じがしました。
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