近くて遠い幼なじみの恋
「あーちゃん」

『なんだよ』

呼んだら返される声に嬉しくて言葉がつまる

今、日本は21時
8時間の時差だからあーちゃんはお昼

「ご飯きちんと食べてる?」

詰まって出てきた言葉が陳腐過ぎていっぱい話したい事あったはずなのに他が思いつかない。

『食べてるけどおばさんのご飯が恋しいな』

「どれだけ母のご飯に心酔してんのよー」

昔から食べてるご飯だけど母に恋しがられても困る

『あのさ、まあ帰ってから話す』

まただ。
あーちゃんは何かを話せずにいる
無理に聞くのも違うし帰ってから話すって言ってるし

「分かった!お土産宜しくお願いしまーす!」

あーちゃんの声聞けた事で良しとしなくては。

『早く寝ろよ。』

そう言って電話は切られたけどいつもと違う雰囲気に掛かって来た番号を暫くは登録出来ずに見つめるだけだった。



やっとあーちゃん帰ってくる!
1週間は本当に長くて待ち遠しくて明日は買ったばかりの勝負寝間着で悩殺してやる!!

「幸、響さんに配達頼む」

父親から渡された発砲スチロールの箱に不思議さを覚えた。
追加の魚は3時間前に届けたばかりでまた追加なんて普通はない
注文ノートを見ても【響さん】と書いてあるから間違えでは無いと思う

“急に宿泊客が増えたのかな?”

その時の私は単純にそう思っただけだった。




「これはあっちに」
「女将さんこれは?」
「あー、それは椿の間に」

なんか皆さんバタバタしてる?
今日3回目の裏口からの搬入に違和感を感じる。

「あら、さっちゃん!いつも配達有難う」

あーちゃんのお母さんである女将さんに声を掛けられて笑顔で会釈する

あーちゃんのご両親とうちの両親も同級生で私も小さい頃からあーちゃんのご両親には可愛がって貰ってる

「あら、それ!鯛ね」

鯛?
発砲スチロールの中身を聞かずに持たされてまだ伝票も見て無かったから。

「おめでたい事があるんですか?」

大層なお客様用なのかな。
たまに還暦祝いとかお祝い事で鯛の仕入れを頼まれる。

“椿の間て確か…響旅館の部屋の中で1番高級なはず”

「あら、さっちゃん聞いてない?今日絢の結納なのよ」

ゆ、ゆゆ結納?!

私の反応に女将さんは申し訳なさそうな顔をして、

「絢もずっと断ってたんだけどおじい様の決めた事だから」

女将さんは綺麗な眉を寄せて困った顔をする

おじい様は地元でも名だたる有力者であり響旅館の大旦那様。
うちのじいちゃんと仲良しなのが信じられないくらい威厳があって昔から怖いイメージしかない。
そんなおじい様の言う事は絶対だし仕方ないと言えば仕方ないのだろうけど…

「絢もお相手の方も時間が取れないから急遽、今日に決まって…さっちゃん?」

あーちゃんの帰ったら話があるってこの事だったんだ。

そうだよね。
あーちゃんが誰かと付き合うとか当たり前だし。
ただ、それを通り越して結納とか頭が混乱する。

「ああ、おめでとうございます!あの、あーちゃんに市場は私が父と行くから今度から大丈夫って伝えて下さい!」

おめでたい事だし幼なじみの門出は祝わないと…

「さっちゃん、あのね」

「早起き出来るようになりましたし、魚屋継ぐ為にも私が行って勉強しなきゃいけないし。本当におめでとうございます!じゃあ調理場に届けて来ます!」

魚屋に産まれてこんな嫌だと思った事はない。
自分の大好きな人の結納の鯛を配達するなんて惨めでそして今まで幼なじみに甘えていた自分に心の底から後悔をした。
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