戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

第21話【第一攻撃部隊長】

――治療場――

「おい‼ この腕を治せる奴‼ さっさとこっちへ来て治せ‼」

 突然治療場に男の叫び声が響き渡り、私は何事かと声のした方に目を向けた。
 声の主は部隊長のゾイスのようで、先がなくなった右手を振り上げ、喚き散らしている。

「部隊長。どうしました? 怪我をしたのなら、並んでいただければ順に治療します……それは……?」

 私はゾイスを無視するわけにもいかず、治療の手を休めることなくゾイスに声をかけた。
 しかし、振り上げている右手の先がすでに塞がれていることに気付く。

「馬鹿を言うな! そこら辺の雑兵と俺を同格に扱う気か⁉ そもそも、見ろ‼ 馬鹿で無能な衛生兵に治療を任せたら、この様だ」
「回復魔法を……すでにお受けになったのですか? そんなはずは……」

 私は目の前の兵士の治療を終え、ゾイスの方へと歩み寄る。
 見ればきちんと黄色の布が巻かれている。

 この色の衛生兵に治療を任せていれば、再生されずに治療を終えるなどはないはずだ。
 しかし、現実はすでに治療を終えていて、再生されぬまま傷口は塞がってしまっている。

 問題はこの治療がどれほど前に行われたかだ。
 もし十分な時間が過ぎてしまっていては、いかに私でも元に戻すことはできない。

「副隊長。そういえばお前は回復魔法に長けていると言っていたな? 気に食わんが、お前でいい。さっさと俺の腕を元に戻せ!」
「失礼ですが、部隊長。その腕の治療は誰が?」

「知るか! あんな無能の名前など。部隊長である俺の治療もろくにできない無能なら、さっきしこたましごいてやったから、外でぶっ倒れているだろう」
「なんですって⁉ 誰か‼ すぐに見に行って‼」

 私の叫び声を聞き、デイジーが真っ先に治療場の外へ向かった。
 私はそれを見届けてから、ゾイスの方へと向き合い語気を強めて言い放つ。

「あなたは一体何様のつもりですか⁉ 治療をした兵に暴力を振るうなど‼ そもそも、何故治療場に来なかったのですか⁉ その布の色についても報告書を何度も上げたはずです‼ お読みにならなかったのですか⁉」
「うるさい! 俺に口答えする気か⁉ お前が一体誰に取り入ったのか知らんが、俺を怒らせるとただじゃ済まないぞ⁉ 俺の後ろにはモリアゲート伯爵様がついているんだからな⁉」

 モリアゲート伯爵と聞いて、私は記憶の隅にある貴族たちの名前を思い出す。
 確か、モリアゲート伯爵は戦線から最も近い所に領地を持つ辺境伯で、随分な野心家だと知られている人物だ。

 この魔王討伐軍の中でもかなりの役職についていて発言権がある人物だというのは間違い無いだろう。
 だがそれがなんだというのだろう。

「後ろに誰が居ようと関係ありません。残念ながら、もうその腕の再生は不可能です」
「な、なんだと⁉ ふざけるな‼ いい加減なことをぬかしおって‼ もういい! おい! 誰でもいい‼ この腕を治した者には報奨金を出すぞ‼」

 ゾイスが右腕を上にかざしながらそう叫ぶが、誰も前に出る者は居ない。
 すでに固定化が済んでしまった傷を治すことなど誰にとっても不可能なのだ。

 もし、ゾイスが治療の不備に気付いた時に、すぐここへ向かっていれば可能だったかもしれない。
 しかしその最後の機会を、この男はあろう事か治療に当たった衛生兵の折檻(せっかん)の時間に費やしてしまった。

 同情の余地はもはやないだろう。
 自らの行いが招いた結果だ。

 いずれにしろ、私にできることはない。
 これ以上、ゾイスに付き合って他の兵士の治療の邪魔をするわけにもいかない。

「お分かりいただけましたか? ここに居る、いえ。世界中どこを探したとしても、一度固定化した傷を元に戻せる者は居ないのです。さぁ、部隊長へできる治療は済んでいます。お言葉ですが、他の兵の治療の妨げになるので。お引き取りを」
「ぐぬぬ……ふざけるなっ! お前たちも‼ 俺に逆らってどうなるか。思い知らせてやるかな‼ 覚えておけ‼」

「誰が、何を思い知らせてやるのかな? ゾイス部隊長殿」

 激昂したゾイスに向かって、凛とした女性の声が響いた。
 私も含め多くの者が、その聞く者に強制力を持つような声の主へと目を向けた。

 そこには数々の勲章を付けた、凛々しい顔付きの女性が立っていた。
 ふと、面識がないにも関わらず、私の頭の中に一人の女性の名前が浮かんだ。

「お前は、ダリア‼ こんな所に何故お前が⁉」
「おいおい。お前に呼び捨てされるほど仲が良かった覚えはないんだけどな。何故こんな所に居るかだと? 部隊長のお前がここに居ると聞いたから、わざわざ足を運んだのではないか」

 ダリアと呼ばれた女性は流れるような動きでゾイスの元まで近付くと、ゾイスを一瞥してため息をつく。
 恐らくこの女性はダリア・パルフェ。

 アンバーから聞いた第一攻撃部隊の部隊長だろう。
 にこやかな笑みを浮かべているが、薄寒いような圧力を感じる。

「最近後衛の陣営を魔獣が襲う事態が多発している。新しい総司令官がそのことを気にしていてな。私が良い案があると古い友人を紹介した所、採用され、襲われた陣営には即座に近い部隊が救援に向かうようになったのだがな」
「そ、そんな報告は聞いていないぞ⁉ そもそも! 主戦力であるお前の部隊がわざわざここに赴くとはどういうことだ⁉」

 ダリアの説明にゾイスはうろたえながら、疑問を投げかける。
 確かに最前線で戦いを繰り広げているはずの部隊の長が来るのは不思議だった。

「まぁ、聴け。私の古い友人なんだが、重い怪我を患っていてな。ああ。心配はいらない。もうすでに完治したらしい。喜ばしいことだ」
「なんの話だ! 何を言っている?」

「その友人の怪我を治してくれた聖女様が、この部隊に配属になったようだ。友人の恩人だ。放っておけずに来てしまった。という訳だ」
「聖女様だと⁉」

 ダリアの話を聞いて、アンバーのことを思い出す。
 恐らく、使い魔を伝令代わりに使っているのだろう。

 その後もダリアはゾイスに状況を説明していた。
 指揮を執るはずのゾイスの行方が分からなかったせいで、多くの兵士が無駄な負傷を受けたこと。

 ダリアの指揮と活躍により、すでに魔獣の群れの討伐は完了していること。
 その言葉を聞いた時には、その場にいる多くの兵が安堵の表情になった。

 そして、最後にダリアの口から、とんでもないことが発せられた。
 それを聞いた時、衛生兵の何人かは心当たりがあるのか、視線を下げていた。

「以上のように、危機はあったものの、魔獣は撃退した。しかしだ。ゾイス殿。お前は何をしていたのだ? いや、答えなくて良い。どうせ答えられないだろう。ここに証人が居る。この娘だ。見覚えが無い、とは言わせないぞ?」

 ダリアはそう言いながら一人の衛生兵を指差した。
 彼女は少し身をこわばらせている。

「どうやら他にもいるようだが……この娘に、立場を利用して暴行を働こうとしていたらしいな? しかも、魔獣が現れた時は、この娘を置き去りにして逃げ出したのだとか。まったく。どこまでもクズめ」
「し、知らん‼ 俺はそんなこと知らんぞ‼」

「見苦しいぞ。今回のことも含めてお前が今までやって来たことは報告済みだ。使い魔というのは便利なものでな。すでにお前の処遇については決定されている」
「ふ、ふざけるなぁ! そうだ! これは罠だ‼ 誰かが俺を陥れようとした罠だぁ‼ うぉぉぉおおお‼」

 支離滅裂なことを言いながら、ゾイスはダリアに向かって突進をした。
 しかし、ダリアはそんな突然の出来ことに眉一つ動かさず、一撃の元にゾイスを地に伏せさせた。
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