戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

第35話【査察】

 しばらくは忙しくも落ち着いた日々が続いた。
 緑色から黄色に変わっていく衛生兵もちらほら出始めた、そんなある日。

「部隊長! 大変です‼︎ カルザー長官が査察にお越しです!」
「なんですって⁉︎ すぐにこちらへお通ししなさい」

 衛生兵部隊をまとめる、カルザー長官ではあるが、今まで部隊の陣営に自ら顔を表したことがあるなど、聞いたことがなかった。
 少なくとも私が配属されてからは初だ。

「お邪魔するよ。やぁ、急拵えの治療場だったが、どうして、なかなか上手くいってるみたいじゃないか」
「恐れ入ります」

 以前と同じように柔らかい笑みを顔に湛えるカルザーだが、その内心は読み取りようがない。
 私に案内されながら、陣営の中を睨め回すように、私はカルザーの目的を探る。

「そういえば、長官がお越しになるなど、存じ上げていませんでしたので、驚いています。事前に知らしていただければ、それなりの用意もしましたのに」
「いやぁ。事前に知らせてしまったら査察にならないじゃないか。都合の悪い物でも隠されてしまったら、たまったもんじゃないからね」

 カルザーは表情は変えないものの、含みのあるような言い方をしてきた。
 未だに彼の目的が読めない。

「実はね。このところの、この部隊からの報告がすこぶるいい結果でね。まぁ、フローラ君も頑張ってくれているんだろうけど、ちょっとだけ、気になってね」
「どういうことですか?」

 自慢ではないが、忙しさの対価として、兵士たちの治療は以前とは比べ物にならないほど改善しているはずだ。
 カルザーの意図がどうであれ、こうやって最前線に治療場を設置した意義は大きい。

 前は移送中に亡くなってしまったような兵士たちも、助けることが可能になったのだから。
 それでも、今はまだ助けられない兵士たちも少なくない。

 なんとか衛生兵たちの能力を底上げして、更なる改善を模索しようとしているところだ。
 何はともあれ、まずは衛生兵たちにどんどん頑張ってもらうしかない。

 私一人の力では限界がある。
 ここの衛生兵全員で第二衛生兵部隊なのだ。

「まぁ、端的にいうとね。報告が本当か、ってことでね。ああ。まぁ君も若いんだし。立場ってのがあるのは分かるんだけどね? ただ、僕も嘘を上に上げるわけにはいかない。他の部隊にも示しがつかない。というわけなんだ」
「私が虚偽の報告を上げていると?」

「もしかして、の話さ。もちろんはなっから疑っているわけじゃない。もし本当なら凄いことだ。それなら、どうやって達成しているのか、この目でしっかりと見ておかないとね」
「……分かりました。長官のお気の召すまでご確認ください」

 「もとよりそのつもりだよ」という返事と共に、帯同させていた何人かの者に指示を出しす。
 指示を聞き終えた後、全員がそれぞれの方向へと散っていった。

「というわけで、少し調べさせてもらうよ。構わないね?」
「ええ。もし何か不備がありましたら、その時は私が責任を取ります」

 私の言葉に、カルザーの笑みが増したような気がした。



 それからしばらく、取り止めもない話が続いたが、いつまでもカルザーだけに構っているわけにはいかないので、私は治療場へ戻ることにした。
 カルザーには私の隊長室を使ってもらい、そこで上がってきた報告を確認してもらう。

 元々の私の担当の時間を終え、カルザーがどうしているか気になった私は、休憩と合わせて隊長室へと戻った。
 入室の際に扉を叩こうと近付いた際に、中からカルザーの独り言が聞こえ、少しの間だけ耳をすます。

「どういうことだ? 上がってきた報告通りだと? ありえん。あの無能どもはどうなった? 次々と運ばれてくる負傷兵を治療しながら、訓練などできぬはずだぞ?」

 どうやら報告内容に納得がいっていないようだ。
 私は顔を扉から離し、姿勢を正してから扉を叩き、返事を待った。

「誰だ⁉︎ 今部隊長のフローラなら不在だ!」
「私です。長官。フローラです。入ってもよろしいでしょうか」

「ああ。フローラ君。君か。入りたまえ。何、元々君の部屋なんだ。わざわざ入室の許可などいらんよ」
「分かりました。失礼します」

 私の机の上には、所狭しと資料が並べられていた。
 かなり入念に調べていたようだ。

「すまんね。散らかして。それで? 治療の方がもういいのかね? ああ、僕のことなら気にしなくて構わないよ。勝手にやっているから」
「いえ。ちょうど休憩に入りましたので。それで、満足のいく調査結果は得られましたでしょうか?」

「ああ。まったく、感心するよ。ところで、ちょっと前に増員が入隊したと思うんだが、彼女らは今、どうしているかね?」
「新しい衛生兵たちですか? 彼女たちなら、他の衛生兵たちと同様、時間を区切って、それぞれ治療場での治療に当たってもらっています」

「そうか。そういえば、治療場をまだ見せてもらっていなかったな。どれ、案内してもらうか」
「分かりました。騒がしいところですが、ご了承ください」

 私はカルザーを連れて治療場へと向かった。
 治療場への途中、私の横を歩くカルザーはごくわずかだが、苛立ちを感じているようにも見えた。

「こちらです」
「ああ」

 治療場では、今もなお様々なところで、傷ついた負傷兵たちが衛生兵たちによって治療を受けていた。
 カルザーは周囲を一瞥(いちべつ)した後、何かに気が付いたような素振りを見せる。

「そういえばフローラ君。君の部隊は色々と面白い運用をしているらしいね。なんでも、衛生兵の使える回復魔法の種類や熟練度に応じて身に付けるリボンの色を変えているとか」
「ええ。そうすれば、できるだけ必要な治療を受けられますから」

「うん。それで、さっきの新しい増員の話なんだけど、ここにいるって言ってたけど、彼女らは何処にいるんだい?」
「ですから、目の前に。彼女なんかもそうですね」

 そう言って私は近くにいる緑色のリボンタイを付けた衛生兵を指さした。
 私の指の示す先を見た瞬間、カルザーの顔から一瞬だけ笑みが消えた。

「あはは。フローラ君。何か間違っていないかい? だって彼女は緑色のリボンを付けているじゃないか」
「はい、それが何か? 増員は全員、回復魔法を使える者を送ってくれたと。私はそう認識していますが」

 第二衛生兵部隊に回復魔法の使えない訓練兵が送られていると知っているのは、本来私の部隊やベリル王子、ダリアそしてアンバーのごく限られた者だけなはずだ。
 カルザーも表向きは回復魔法を使える者を増員したと言っていたはずだ。

 前にアンバーの使い魔から聞いた話は間違いじゃなかったようだ。
 カルザーは終戦を好ましくなく思っているモスアゲート伯爵の手先として動いている。

 私は、決して彼らの思い通りにはさせないと、再度強く心に誓った。
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