円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 寄宿舎は男女別々の敷地にあり、2ないし3名が同部屋となっている。

 わたしと同部屋になっているのは、男爵家出身のリリー・ダリルと、平民のマーガレット・ライセンの二人だ。
 入学当初からずっと一緒に過ごしているため、二人とはすぐに仲良くなり、この部屋の中でだけは気兼ねなくあれこれ語り合える貴重な友人だ。

 リリーの家は貴族の中ではさほど身分が高くない男爵家だが、それは歴代の当主が出世を固辞しているためだと言われている。
 ダリル男爵家の本家には王城のそれをしのぐほどの巨大な書庫があり、血縁者は皆「本の虫」「文筆の虫」であると言われていて、リリーもまたその噂通りの「本の虫」だった。

 ダリル家からは多くの優秀な人材が生まれており、カインの実家のルーカス公爵家と並んで歴代の宰相を多く輩出している。
 脳筋武闘派集団の我がビルハイム家とは真逆だ。

 マーガレットは鑑定で「星3の服飾師」という結果が出て、特待生で学院に入学してきた。
 高い能力がなければ入学できない平民だが、それをどう判断するのかというと、国内各地の初等学院の学院長の推薦と、それとは別に卒業のときに一度だけ鑑定士が訪れて希望者にのみ鑑定を行うのだ。

 地方にいる優秀な人材をうもれさせないようにという制度で、マーガレットも親に「こんな機会は二度とないかもしれないから、自分がどんな適性があるのか知るだけでも収穫はある。だから試しに受けてみなさい」と言われて受けてみたところ、なんと「星3」という驚きの鑑定結果が出て、あれよあれよという間に学院の入学が決まったのだとか。


 入学当初は貴族の子息女だらけの環境に戸惑うことも多くて委縮していたマーガレットだったけれど、彼女のセンスと技術は瞬く間に認められて、今ではちょっとしたファッションアドバイザーとなっている。
 かといって奢ることなく常に自分の知識とスキルを高めるための努力を怠らない頑張り屋さんで、とても好感の持てる子だ。

 夏に、首元にできた汗疹をかゆがっているわたしに、襟と肌の間にガーゼをはさんで頻繁に取り換えるといいとアドバイスをしてくれて、外見に響かないよう細長く切ったガーゼを二重にし周りを糸でかがった専用のあて布を数枚と、それがずれないようにとめておく小さなスナップボタンまで、夏の洋服につけてくれたのだった。

 学院には制服があるけれど、着用必須ではない。
 特に女子生徒の場合、肌の露出を控えたい場合は自前のドレスを着てもいいことになっている。

 暑い季節は襟のないものを着るのが一番なんじゃないの?というマーガレットとリリーには、首に残ったままの吸血コウモリに噛まれた痕を見せて、そのときの事情を話した。
 本当はこちらから、ここ見て!赤い痕がふたつあるでしょう?と見せびらかさなければ気づかれないほど小さくてうっすらと残っているだけなのだが、首が開いている服を着るとレイナード様がよくその傷痕に手を伸ばしてきては苦しそうな顔をするものだから、いつの頃からか自室以外では首元をしっかり覆う服ばかりを着るようになった。

 罪悪感など抱いてほしくはなかった。
 これはレイナード様を無傷で守り切ったわたしの勲章なのだから。
 それに、年がら年中首元を覆っていたおかげで、お妃教育の先生たちからは「貞淑で良い」という高評価をいただいていたのも嬉しい誤算だ。


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