円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 吸血コウモリは羽を広げても手のひらサイズの小さなコウモリだ。彼らに襲われて、たとえ噛みつかれて血を吸われても死にはしない。
 噛みつかれた個所が真っ赤に腫れてしばらく疼くことと、コウモリに噛みつかれているという状況が気持ち悪いことぐらいだ。
 対処法さえ間違わなければ平気なはずだった。

 だから、吸血コウモリの群れが赤い目を光らせてわたしたちの行く手を阻んだときも、わたしはまだ冷静でいられた。
「レイ、大丈夫だからね。騒がずにそっと方向転換すれば…」
 わたしは庇うようにレイナード様に手を回し、回れ右して別のルートを辿ろうとしたかったのだが、すでに青ざめて震え始めていたレイナード様の耳にはわたしの声が届かなかったらしい。

「うわあぁぁっ!」

 レイナード様の大きな悲鳴が契機となり、吸血コウモリが一斉に襲い掛かって来た。
「逃げるわよ!走って!!」
 わたしは立ちすくむレイナード様を叱咤して、手を引っ張って駆け出したけれど、すぐに追いつかれてコウモリたちに囲まれてしまった。

 震えながら頭を抱えて座り込むレイナード様に覆いかぶさるようにして、わたしは吸血コウモリの攻撃を一身に受け止めた。
 服の生地の上からも容赦なく噛みつかれ、頭にまで牙を立てられたけれど、悲鳴を上げそうになる己の口が開かないように奥歯をかみしめて耐えた。

 これ以上レイを怖がらせてはいけない。
 わたしが守らないといけない!

 吸血コウモリたちは、一通りわたしに噛みつくと、抵抗も攻撃もしてこないわたしたちへの警戒をようやく解いてくれたらしく、ギュイギュイと鳴き声を交わしながら森の奥へと去って行った。

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