円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 脳筋武闘派集団であるビルハイム家だが、母はよその家から嫁いできたため脳筋ではない。
 母の趣味はお菓子作りだ。
 父が若かりし頃、母の作るお菓子と可愛らしい母自身に惚れまくって、猛アタックの末にお嫁に来てもらったのだと、父は酔っぱらうとすぐその話をする。

 三度目のお産で生まれた子が女の子だとわかると、母は涙を流して喜んだという。
 その頃、上の兄二人は7歳と3歳、すでに脳筋ぶりを発揮して手に負えない悪ガキだったらしい。

 ようやく生まれた娘は、自分と同じおとなしい性格に育つに違いない、一緒にお菓子作りをしたりハンカチに刺繍をしたりできるにちがいないと心を躍らせたのもつかの間、わたしは兄たちの影響なのかそれともビルハイム家の血なのか、兄たち以上に手に負えないおてんばな子になってしまった。

 きっと父との間に生まれる子はみんな脳筋になるに違いないと気づいて4人目を作ることは諦めたという母の判断は賢明だったに違いない。
 その後、母はどうにかおてんば娘を王太子殿下の婚約者にすることに成功し、お妃教育で娘の脳筋を封じ込めたわけだけれど、その婚約もおじゃんになろうとしている。
 挙句、その娘は騎士団で命がけの役割を担いたいという相談をこっそり兄たちにしているのだ。


 お母様…ごめんなさい、こんな出来の悪い娘で。

 母が持ってきてくれたミルクティーを飲むうちに、不意に泣けてきた。

 その様子に気づいた兄たちは
「俺らは明日も早いから、そろそろ寝るか!お先に!」
「おやすみー!」
わざとらしく明るい声をあげて部屋を出て行った。

「ねえ、ステーシア」
 母が優しく涙をぬぐってくれる。

「辛いならもう殿下との婚約をやめてもいいのよ。学院にも居づらいなら、もう行かなくてもいいわ」
 わたしの涙をぬぐう指が震えている気がして顔を上げると、母も目を真っ赤にして泣きそうな顔をしていた。

「大丈夫よ、もう少しで全部解決するの。だから応援してね」
 レイナード様も、もうしばらくだと言っていたし。
 誤解が何のことを言っているのかはよくわからなかったけれど、とにかく向こうから婚約破棄を言い渡されるまでもう少しのはずだ。

 母を安心させようと「大丈夫」と言ってしまったけど、本当は全く大丈夫ではない窮地に立たされている。

 わたしのことを優しく抱きしめて「ずっとあなたの味方よ」と言ってくれた母のぬくもりがありがたかった。

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