婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。
 この様子を面白くなさそうに見ているのは、もちろんエメレンス。なぜ兄はこのフリートという女性にそのような反応を見せたのかがわからない。

 なぜならばあのモーゼフ。リューディアに会うと胸が締め付けられるように苦しくなってどうしたらいいのかわからない、と弟に相談していたのだ。それが、彼女に対する恋心からきていることなど、あの鈍感な兄は気付いていなかったようだ。

 だからこそ、彼女と初めて出会ったときに、彼女に向かって「ブス」と発言してしまった。それは彼女を一目見ただけで、全身を雷で打たれたような衝撃が走ったからだ。それと同時に、心臓はドクドクと大きく速く鳴りだしてしまい、この音が周囲にいる他の人に聞こえてしまうのではないかと思えてしまうほどだった。

 それを誤魔化すために、そして自分をこのような気持ちにさせる彼女のことが悔しくて、さらに彼女を困らせたくて、当時、今よりも子供だったモーゼフはその「ブス」という言葉を口にすることで、優越感に浸ろうとしていたのだ。そしてモーゼフは彼女を「ブス」と思い込むことで、このドキドキが治まることを期待した。
 
 そんなひねくれた態度をとったモーゼフではあるが、初めて婚約者と出会ったことを嬉しそうに弟に話をしていたことを、エメレンス自身は覚えている。少しはにかみながら頬を赤く染めて「可愛いらしい子だった」と、嬉しそうに話していたのだ。彼女に向かって「ブス」と言ったにも関わらず。
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