天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 仕事の付き合いしかない男性の自宅に行くのは問題があるのではないか。そんな考えが頭をよぎる。

「こんな俺を放っておくつもりか」

「いえ、決してそんなことは。ちゃんと送り届けます」

 顔色がどんどん悪くなっているような気がする。そして何度も目を瞬かせてこすっている。体調がどんどん悪化しているように思えた。

 少しでも早く着かないかな。

 こんなとき高層マンションは案外不便だ。純菜の部屋ならとっくに到着している。

 やきもきしていると最上階に到着した。エレベーターを降りてすぐの扉の前で壱生がドアノブを握ると電子錠が解錠される音がした。

 すごい……。

 いや、こんなことで感心している場合じゃなかった。

「鮫島先生、大丈夫ですか?」

 微力ながらも肩を貸して部屋の中に進む。広い玄関を抜けて廊下の突き当りの扉を開けた。センサーが人を察知して部屋の明かりをともした。

「ひっ、何これ!」

 目の前に広がっている惨状に私は目を丸くした。それと同時に緊張で鼓動が早くなる。

 ティッシュや新聞がびりびりに破られて、そこら中に散らばっている。鉢植えはなぎ倒され土が広範囲にわたって飛び散っていた。ごみ箱の中身もひっくり返っていて広い部屋のいたるところに散乱していた。

「やられたな」

 壱生は頭を抱えている。

「ど、泥棒。いや、もしかして鮫島先生の元カノとか……」

「どんな女だよ。いや、ひとりいたな、別れたあと、合鍵で侵入して絨毯の上にケチャップでバカって書いた元カノ」

 純菜は話を聞いて眉間に皺を寄せて壱生を見る。

「おい、そんな哀れみの顔をするなよ。今回の犯人とは違うから」

「え、じゃあやっぱり心当たりがあるんですね? 警察に連絡しますか?」

 スマートフォンを取り出そうとすると、壱生がそれを止めた。

「いや、警察に言っても無駄だ。犯人はアイツだからな」

 壱生が指さした先にあるタオルの山の中がもぞもぞと動いている。

「ひっ、何?」

 思わず壱生の腕に抱き着いた。しかし次の瞬間にぴょこっと顔を出したモフモフの塊を見て純菜は声を上げた。

「かわいい!」

 それまで重い空気だったにもかかわらず、小さな毛玉のような子犬を見たとたん歓喜の声をあげてしまう。

 それまで支えていた壱生を放り出して、子犬の元に駆け寄った。子犬もかわいくちょこちょこと小さな歩幅で歩いてくる。

「かわいい~」
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