天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 今度は先ほどよりももっと甘い声が出てしまった。普段の純菜なら絶対に出さない声だが、このかわいい子犬の前では我慢できない。

「この子、鮫島先生のうちの子ですか? ポメラニアンですよね。ちょっと猿期かな。お顔の毛がライオンみたい。ふふっ」

 やさしく撫でてやると、顔を摺り寄せてきた。その人懐っこいしぐさにますます顔がほころぶ。

「可愛いが、このありさまだ。そして俺の不調もこの白い毛玉のせいだ」

「えっ? どういうことですか?」

 腕の中でおとなしく抱かれている子犬。部屋でいたずらするのはまぁわかるけれど、なぜ壱生が不調になったのだろうか。

「もしかして、鮫島先生。犬アレルギーですか?」

「いいや。だが今回のことで発症するかもしれん。それくらい俺はこの毛玉に苦労させられているんだ」

 そこまで言うと壱生はティッシュが花吹雪のように降り積もっているソファの上に倒れ込んだ。

「鮫島先生!」

 慌てて子犬を抱いたまま駆け寄る。

「そいつの名前はピッピ。後は頼んだ――」

 そう言い残した壱生はそのまま目をつむって反応しなくなった。

「え、待って。まさか」

 死んじゃった?

 慌てた純菜は子犬を置いて、壱生に触れようと顔を近づけた。しかしそこで気が付いたのだ。彼が規則正しい寝息を立てていることを。

「もしかして、寝てるだけ?」

 心底ほっとして体の力が抜ける。その場にへなへなと座り込んだ。

 よかった。もう、びっくりした。

 気を取り直して壱生の顔を見る。寝息は規則正しいが顔色は悪い。よく見てみると目の下にクマができていた。

 なんだかものすごくお疲れのようだ。純菜はソファにおいてあったブランケットを手に取ると完全に寝入ってしまった壱生の体にそれをかけようとする。

 しかしその瞬間何かがブランケットを引っ張った。

「あ、ごめんね。これはおもちゃじゃないの」

 そう説明してもこのポメラニアンの子犬〝ピッピ〟には通用しない。キョロキョロ見回すと荒れ果てた部屋の隅に、ボールがあった。

それを手に取り投げてやると、うれしそうに追いかける。その隙に寝ている壱生にブランケットをかけた。

 当分目が覚めそうにないが、このままおいていくわけにはいかない。それにすでにボールに飽きたピッピは壱生の横たわっているソファに興味津々だ。

 このままだと上に飛び乗り、彼を起こしかねない。
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