天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 壱生でなければ、なんて傲慢なセリフなのだと思う。

 呆れた純菜はまじまじと壱生の顔を見る。

「いいね、その目。噂に聞いたんだけど、君は恋愛にも結婚にも興味がないんだって?」

 誰かそんなことを? どこにでも噂好きの人はいるのだと改めて思う。

「はい。ですので私が鮫島先生に好意を寄せるようなことはありませんので、その点は問題ないと思います」

「それだけで十分。仕事は俺ひとりでできることも多いし。簡単なものから割り振るから。あ~助かる。よかったぁ」

 心底喜んでいる姿を見て、なんだかこれ以上抵抗するのも申し訳ない気がしてきた。仕事の面では考慮してくれるようだ。純菜は覚悟を決めて頷いた。

「かしこまりました。まだ入社二年目で知らないことばかりです。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」

「やったー! ありがとう。矢吹は救世主だよ」

 さっと手を差し出されて戸惑った。けれど壱生は強引に純菜の手を取って無理やり握手をした。

「これからよろしく」

 この時まるで契約を交わしたかのようなこの握手を、純菜はこの先何度も後悔したのだ。


***

「まあ、とにかく――」

「あ、はい」

 過去を思い出していてぼーっとしてしまっていた。葵の声で呼び戻される。

「あなたはあの男からは逃げられないのよ。残念だけど」

「そんな怖いこと言わないでください」

 ぶるっと震えた純菜は、諦めて仕事にとりかかった。自分もわかっているのだ。
半年で五人も変更になったアシスタントが純菜になってから二年も続いている。周囲はもう壱生のアシスタントを務められるのは純菜しかいないと思っている。

 今さら騒いだところでどうにもならないってわかっているのだ。だからあきらめておとなしく今日の仕事をこなしていく。

 壱生の席からチェックしてもらった資料を取って来て確認する。何点か修正の付箋が貼ってあるのを確認していく。

「ん? なんだろう」 

 いつものとは少し違う大きめの付箋が貼ってあり確認をする。

【明日の件、ありがとう】とだけ書いてあった。

 わざわざこんな形で礼を告げられて思わず顔がほころぶ。

 明日壱生の恩人の告別式がある。しかし会場が遠方でスケジュールの都合がつかずに代わりを立てる予定でいた。

しかし純菜が前後のスケジュールを調整してなんとか告別式に参加できるようにしたのだ。

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