さよならと誓いのキス

4

 それから午後は普通に仕事をこなした。あれから女性二人とは行き合わないし、柴とも朝の挨拶を交わす程度で日が過ぎていった。
 
 あの昼のあと、同僚に柴とどういう関係なのか聞かれた。
「柴さんとは何も無いよ? だってただ挨拶するだけの人だもん、それに既婚者だし」
「既婚なのか、残念」
「残念って」
 琴乃にも、残念、という感情が無くはない。少なからず好意を抱いている事は確かで、社内に柴がいると思うと不思議と心強いし、姿を見掛ければドキッとする。目が合えば軽く手を振るか、声を出さずに『おつかれ』と言ってくれるのがわかる。

 夫が居る身で何を浮かれているんだともう一人の自分が叱咤してくるが、気になってしまうものは仕方がなかった。
 夫の事は愛している。だが、それは家族愛にも似た愛であり、柴へ抱くそれとは違う。自覚はあった。

 あの日給湯室でもらった名刺は、財布の内ポケットの一番内側に入れてある。万が一夫に見つかっても言い訳できる用意もしてある。だけど、彼も既婚者だし、これ以上関係が進むことはきっとない。だからこれ以上気持ちを膨らませたらダメだ。琴乃は柴への気持ちを自覚し始めたと同時に、奥深くに仕舞い込む事を決めた。
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