大切なあなた
「影近、私たちはもうあの頃の二人じゃないでしょ」

あの後、影近はお金持ちの社長令嬢と結婚した。
テレビでも大きく報道され、おかげで影近の名前も一気に広まった。
奥さんのお家の後ろ盾があったから影近は自由に活動ができ、有名にもなれた。

「それでも、唯が」
「ダメ、言わないで」
もう一度唇に手を当てた。

代わってしまったのは影近だけじゃない。
私だって、今は人の子の親。
『人のものをとってはいけません』『人が嫌がることをしてはいけません』毎日のように月に言っている。
その私が、影近の家庭を壊すことはできない。

「僕は、嘘をつきたくない」

はっきりと、まっすぐに私に向けた言葉。
影近らしいなと思う反面、子供のようだなとも思う。

フフフ。
こんなところは月に似ているのかもしれない。

ギュギュッ。
回していた影近の腕に力がこもる。

流されたなんて言葉はいいわけでしかない。
全ては自己責任。
それでも、私は影近の腕を振り払うことができなかった。
< 18 / 29 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop