シークレットの標的(ターゲット)

シークレットのしーくれっとではない思い





ちょっと焦っていた自覚はある。

彼女を乗せたタクシーを見送って、ガードレールにもたれ掛かり夜の街に大きなため息を落とした。

彼女との関係を深めて確実なものにする前に彼女の実家に行ったことも、今日彼女の父親のお弟子さんに会わせたことも。全て急ぎすぎだ。


それもこれもメアリーのせい。

望海に触れるとあのタヌキのような巨大サイズのふかふかネコを思い出してしまう。
決して望海がふくよかだと言いたいわけじゃない。
望海は太っていない、むしろもう少し肉があってもいいんじゃないかと思うほどだ。

おそらく纏っている柔らかい雰囲気とツヤツヤの髪、女性特有の膨らみのせいだと思うのだが。


本当ならもっと早く望海の気持ちを自分に引き寄せきちんとした関係を築くつもりだった。その上で、ご両親と和解させてやりたいと思っていた。
もしくはご両親と和解させた上で、俺との仲を深めていくつもりだったのだが、まさかメアリーのせいで同じ日に同時進行することになるとは思わなかった。

勿論、望海の気持ちが手に入ったことは嬉しい。この上ない幸せだ。

だが、望海の実家の閉店の日が迫っていたことも事実で、俺の中に今日あの場に彼女を連れて行かないと言う選択肢はなかった。

それに、料理の買い出しの列に離れて並んでいた時の彼女の不安そうな視線。
自分の見た目に女性が寄ってくるのは慣れているが、それを目にする恋人という立場になった彼女の心情を思うと胸がザラリとした。

うまくいっていない両親との話をするのもされるのも苦痛だろうし、おまけに実家のレストランが閉店すると聞かされる。
俺と付き合うとろくなことがないからやっぱり付き合いをやめたいと思われるのは困る。

成り行きで仕方なかったとはいえ結果的に今日一日でいろんなことを詰め込んでしまった。あんなに時間をかけて下準備をしてきたというのに、だ。

そんなこんなで望海の頭の中がパンクしそうになっているのは一目瞭然。
公園から帰ってきて膝の間に入れて抱きしめても、指先にキスしても心ここにあらずだった。
キャパオーバーになり彼女は全身で考えることを拒否していた。

だから自分の部屋に帰りたいと言ったとき、本当は帰したくないが帰して1人にしてやった方がいいと判断したのだが、実際帰してしまうとこんなに自分のメンタルにクルとは思わなかった。

次に会ったときに「やっぱりあなたとは付き合えない」などと言われたらどうしようかと思う弱気な自分がいる。

惚れた者負け、なんだろうな

舌打ちをして帰ろうと顔を上げると、正面のビルの間にネコの目のような細い月の姿を見つけた。

メアリー、恨むぞ。今夜望海が帰ってしまったのはお前のせいでもあるんだから。
遠い空の向こうにいるタヌキのようなネコに毒づく。

もう一度ため息をつき、ひとりになってしまった自分の部屋に戻った。

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