朝を探しています
9.痛哭

〜波那〜

 真夜中を過ぎる頃、寝室のドアが開いて俯いたまま雅人が入ってきたのを見て、波那はイヤホンを外しベッドから起き上がった。

 そのままベッドに腰掛けた波那の目の前で雅人は床に座り、手をついて頭を下げた。
 いわゆる土下座というものだ。

「…なに…」
「ごめん。裏切って、傷つけて…本当に、本当にごめん。謝って許されるようなことじゃないのはわかってるけど、それでも謝らせてほしいんだ。ごめん、波那…ごめん…」

 床に額をつけたまま、雅人は顔を上げようとしなかった。
 だから波那には、悲壮な声を出す雅人が本当はどんな顔をしているのかわからなかった。
 わからない、と思った。

「…笑ってるんじゃないの?」

 ひっそりとした波那の声に、何を問われたかわからなかったように雅人はゆっくりと顔を上げた。整っているはずの顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして。

「…え?」
「…雅人、泣いたの? …もしかしたら、謝りながら笑ってるのかと思った。」

 そう呟いた波那の目元も赤く腫れていた。

「…なんで…」
「違ってたね、ごめん。」
「ちがっ、波那が謝ることない …でも、笑えるわけない…何言われても仕方ないけど、本当に心の底から謝りたいんだ。」
「…そう。わかった。」

 寝室に入った時、波那は間違いなく怒っていた。
 雅人と向き合う覚悟を下手な嘘で踏み躙られたことにとてつもなく怒っていたのだ。
 なのに、この何時間かでその怒りは諦めに似た何かに覆い隠されてしまった。
 
「わかったって…? 波那?」
 
 見たこともないような雅人の崩れた顔を見ても、心が動かされない。

「…話をね、したかったの。雅人と、今日。だから、子どもたちも預かってもらった。」
「……」
「金曜日だったからね、また雅人は遅く帰るつもりかもって思ったから、早く帰ってきてって言うはずだった、今朝。…でもそしたら、雅人が今日は早く帰るからって…」
「…ああ。」
「あのメモリー、月曜日に送られてきたの。私宛に。」
「え⁈ そ…え…だ、れから…?あ、いや…」

 目を見開いて問おうとした雅人だったが、自分の質問の愚かさに気づいたように口籠もった。

「もちろん、片山真美さんからよ。」
「……」
「もっと早くに雅人に聞きたかったけど、子どもたちがいる家じゃできないでしょ。…私たち、びっくりするくらい2人だけで過ごすことなかったんだね。…だからこうなったのかな…」
「違う! 違うんだ、そんなんじゃ、」
「話が逸れた。片山さんには会いたいって言われたんだけど、私は先に雅人と話したかったから。…今日まで我慢した。……苦しかった…」

 波那の目に新たな涙が盛り上がる。憔悴した表情のまま静かに溢れ続けるそれを見て雅人の顔が歪められる。

「雅人と話すのは怖かったけど、でも『やっと』とも思ってた。…やっと、一人で苦しまなくても良くなるのかなって…」



「でも、やっぱり一人だった。」


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