朝を探しています
 2ヶ月ほど前、真美から告白されたこと。家庭を壊さないという条件で体の関係を持ったこと。
 毎週金曜日の夜、食事をしてからホテルか真美の家に行っていたこと。
 外泊はずっと断っていたけれど、先週日曜日の真美の誕生日にどうしてもと言われて初めて彼女の家に泊まったこと。
 そこで雅人の方から別れ話を持ち出し、最後に『恋人』のような一夜を過ごしたいと言った彼女の願いを叶えたこと。

 そんなことを、長い時間をかけて雅人が話した。

「…けど本当に、家庭を壊す気なんてなかったんだ。…バレないだろうって…そう思ってしまってた。」

 事実として話をする途中、雅人は何度も『家族が一番大事だった』『自分が馬鹿だった』という意味の言葉をはさんだ。
 そしてその言葉を聞くたびに、波那は自分の心が尖っていくのを感じていた。

 …雅人は、一番大事なことを隠してる。
 私が気にしていると知って尚、そこから目を背けている。

 それが許せなかった。

「どうしていきなり別れ話なんかしたの?」
 
 ほとんど話し終えたところでの波那からの問いに、予測していたように雅人は淀みなく答えた。

「あの日…土曜日に、昼間テレビを見てて波那が言ったろ。浮気されるってことは背中から刺されるようなもんだって…あと……もう、壊れてるって。あれが頭に残って、怖くなって…俺は本当に波那たちのこと、」
「でも、好きだったでしょう? 片山さんのこと。好きだったはずよ。ちょうど片山さんと関係を持った頃から、雅人は生き生きしだしたわ。毎日会社に行くのが楽しそうだった。」
「それは…」

「ごまかさないで。雅人ははっきりと片山さんに惹かれてた。私よりもずっと大切だったんでしょう?」
「それは違う! 波那よりなんて、そんなことなかった!…ただ…波那の言う通り…浮かれてた。好きだって言われて、頼られて…いい気分になってた。」
「好きだったって、はっきり言ったらいいじゃない。会いたい、キスしたい、抱きたいって思ったんでしょ!」

 雅人は意図的に片山真美への恋情を言葉にしない。それは波那をこれ以上傷付けない為だと雅人自身は理由づけしているのかもしれないが、波那には一番責められたくないことから逃げているようにしか見えなかった。

「さっきから雅人はずるいよ! まるで自分が流されてただけみたいな言い方して。違うでしょ? 私はずっと雅人のこと見てたんだよ。気づかないわけない。雅人はどんどん片山さんのこと好きになってた! 私とのセックスだって、どんどん冷たくなっていってた。彼女の方に夢中になってた!」
「…波那…ちが…」
「違わない! 雅人が家族のこと大事に思ってたのは知ってる。でも、その家族より私より片山さんが大事に、好きになったから私たちのこと平気で騙してられたんだよ。そうはっきり言ってよ! なんで私に言わせんのよ!」

「違うって言ってんだろ‼︎」


 掠れた悲鳴のような波那の声を雅人が一際大きな声で遮った。
 肩で大きく息をする雅人の頰には涙がいく筋も流れている。

「…言う。言うから…波那、お前にそんなこと言わせたかったんじゃないんだ…俺が言うから…ごめん、ごめん…」
 

 
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