うましか

「恋人いるよって言ったら、こんなに仕事ばかりして放っておくと捨てられますよって。それはまずいって焦って、旅行に誘ったの」

 照れくさそうに笑って、彼女は「だから大丈夫なの」と続ける。

「小林くんに好きって伝えるのに十年もかかって、ようやく好きが叶ったから。一緒に居られるなら、頑張れるよ」
「そっか……」
「それにうちの店って、店長はいつでも対応できるようにってシフトが固定されてるの。まあどうしても人数が足りない日は他の時間帯にも出勤するけど。だからもう少し頑張って店長になれたら、会える時間が増えるかなって。目論んでいるわけです」

 さっきまでの照れくさそうな笑顔はどこへやら。フフフと不敵に笑う彼女を、どうしようもなく抱き締めたくなった。
 でも彼女は仰向けに寝転んだままだったから、背中に腕を差し込んで、覆い被さるように身体を寄せた。彼女も僕の背中に腕を回して、そこをぽんぽんと撫でる。

「重いよ、こばこば」
 彼女と付き合い始めて八ヶ月。彼女が僕を「こばこば」と言うのは照れ隠しだと、もう知っている。照れ隠しであだ名呼びをするなら、いっそのこと下の名前で呼んでくれたら良いのに。

 だから、そろそろ名前で呼び合っても良いんじゃない? の気持ちを込めて、彼女の頬に自分の頬を摺り寄せた。
 その気持ちが通じたのか「重いよ、祥太くん」と。囁くように言いながら、僕の背中をぎゅうと抱きしめるから、僕も「重くしてるんだよ、友喜ちゃん」と彼女の名を呼び、さらに身体を寄せた。



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