初恋ディストリクト
「ここまで空間が広がったら、この閉鎖された空間が消えるって思ったのに。なんで?」

 思っていたのと違うから、私はとても落胆して一気に気分が滅入った。

「栗原さん。これはチャンスかもしれないよ」

 澤田君は私と真逆の反応だ。思わず「はぁ?」と呆れてしまった。

「どうしてこれがチャンスなの? もう絶望的な予感しかしない」

「あのね、これも哲が教えてくれたんだけど、ピンチのときは発想を逆転させてチャンスと捉えるんだ」

「えっ? この状態を?」

 出口が閉ざされ、ここからは出られない『見える壁』の出現によってありありとしているのに、それをチャンスと見なす澤田君には賛同できない。

「そう思った方が楽しいじゃない。辛いことに飲み込まれて暗くなるよりも、きっと解決方法があると信じたほうが得しない?」

「こんな状態で損得って」

「これは次へのステップなんだよ。ゲームで言ったらレベルをクリアーして次のステージへ挑戦といったところかな」

「ゲームのステージで片付く問題なの?」

「栗原さんはゲームしたことない?」

「それはあるけど」

「だったらさ、ひとつのステージクリアーしたとき嬉しいでしょ」

「ゲームに関してはそうだけど」

「だから今までは空間を広げるゲームで、そして全部クリアーした。次のレベルが、この出入り口の壁ってわけだ。確実に解決に向かっているんだよ」

 簡単に言ってくれるけど、それとこれとは全然違う。

「そう仮定したとしても、じゃあ、ここからどうすれば」

「基本は今まで通りでいいんだと思う」

「今まで通り?」

「そう、僕たちが楽しめばいいってこと」

「楽しむ?」

「栗原さんが先にその法則を見つけたでしょ。だったら、もっと楽しもう。このふたりの時間を」

 澤田君が言った『ふたりの時間』。

 その言葉にはっとした。

 ずっとふたりだけでこの世界に閉じ込められていたけど、裏を返せば邪魔が入らない本当にふたりの時間だ。

「澤田君はどこまでもポジティブだね。その考え方は称賛に値する」

 ふたりの時間。

 不思議とその響きはとても特別なものとして私の耳に届いた。

 鈍くふさがっていた重い感情がふわっと浮いていく。

 諦めちゃいけない。

 それよりも澤田君と過ごせることを有難く思ってみよう。
 こんなときだから、力を合わせる。

「澤田君、ほいっ」

 私は手を出した。

「えっ、何?」

「握手、握手だよ。新たに気合を入れよう」

 私が前向きになったのを知って澤田君は自然と口元を綻ばせた。

「うん」

 私の手をぎゅっと握った。
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