初恋ディストリクト
 ◇栗原智世の時間軸

 始業式が終わって、家に帰る前に思い立って、澤田君が私に初めて会ったと言われる場所に行った。

 中学校から下りてくるあの緩やかな坂道。

 あそこで澤田君とすれ違った。

 もしかしたらあの辺りに澤田君の家があるのじゃないだろうか。

 私は久しぶりに中学へ行く道を歩きながら、『澤田』の表札が出てないか辺りを見回した。

 こんな小さな町でも、一軒の家を探すのは至難の業だ。

 やはり思うように探せなかった。

 そんな時に『猫に餌をやるな』という張り紙がブロック塀に貼ってあるのを見つけた。

 きっとあのうるさそうな爺さんの家に違いない。

「福は私が引き取ったけど、この近所にはまだ猫がいるんだ」

 その張り紙をじろじろ見ていたら、キーというブレーキ音が後ろで響いた。

 あまりの不快恩に首をすくめた。

「あんた、わしの家の前で何しとる」

 振り返れば、やっぱりあのお爺さんだった。でもお爺さんは私の事は覚えてなさそうだ。

「あの、家を探してまして」

「家を探してる? 誰の?」

 お爺さんに言っても分からないだろうけど、とりあえず澤田君の名前を口にしてみた。

「おお、あの子か。あんた、あの子の知り合いか?」

 先ほどの居丈高な態度が和らいだ。

「まあ、そうですが。ご存知なんですか?」

「ああ、この町内のことだから、一応は」

「教えてもらえませんか」

「ああ、別にかまわんが。ここを真っ直ぐ行って、左に曲がってちょっと大きな通りに出たら、右に緩やかな坂をあがって、次の道を左に曲がった先にあるアパートだったはずじゃ」

 お爺さんが教えてくれたお陰で、位置が大体分かった。行けばわかるだろう。

「どうも、ありがとうございました」

 丁寧にお礼を言って、去ろうとした時だった。

「うーん、あれは悲惨な事故だったな。澤田さんもかわいそうに」

 きっと足を失った事故の事を言っているのだろう。

 適当にあしらって頭を下げて今度こそ去ろうとした時、お爺さんはしみじみと呟いた。

「一人息子さんだったのに、亡くなられてかわいそうに」

 それを聞いて私はハッとして顔を上げた。

「ちょっと待って下さい。澤田君は事故にあったけど、足を怪我したんじゃないんですか」

「なんか勘違いしとるようじゃな。あの事故はこの町中に広がって誰もがお気の毒にって思ったもんじゃった。わしも近所だったから告別式には行かせてもらった」

 そんな、嘘よ。この世界では澤田君が事故で死んだなんて。

 私はすぐさま走り去る。

 そんな事ってありえない、この世界に澤田君が存在しないなんて。

 感情に流されるまま無我夢中に暫く走って、息が切れた。立ち止まりはあはあとして前方を見れば、二階建てのアパートが目に入った。

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