BeAST

柿谷柊吾side





ドッ、ドッ、とバスドラの音が響き渡る。


「ここで、1人で飲むなんて珍しいですね」


縁のない眼鏡をかけた細身の男が隣に座る。


風見(かざみ)。

ここ sign の店長を任せている男だ。


「vipルームで飲むか、最近だとミキちゃんと2人だったもんなぁ」


カウンターでドリンクを作りながら、会話に入ってくるのは、市東(しとう)さん。

俺は答えることなく、グラスに口を付ける。


『お前んち、もう行かねえから。荷物だけ取りに行く』


送り出したあの日の夜、そう連絡が来た。

優しさの欠けらも無い声と言葉。

どこかで、あいつは離れないと自負していた。

けれど、あっさり。


「最初から、他の男のもんだった」


ここに来た時から、丞さんがそばに居た。

丞さんは根っからのいい人だし尊敬できる。

だから、時々飲みに誘われれば断らない。


「……それって、ミキちゃんの事ですか」


「やっぱりか」


静かに俺の顔を覗き込む風見。

何か腑に落ちた表情を見せる市東さん。


「オーナーもそんなふうに落ち込むんすね」


静かに息を吐いて頬杖をつく風見。

阿呆らしい。

けれど、流石に俺もこの感情が何かぐらい分かる。

独占欲で済む話じゃない。


「お、噂をすれば」


グラスを拭く市東さんの目線の先。

振り返れば、そこにいるのは、ワインレッドのニットに黒のスキニー、黒のローファー。



< 286 / 337 >

この作品をシェア

pagetop