王太子の婚約者は、隣国の王子に奪われる。〜氷の公女は溺愛されて溶けていく〜
 声をかけると、ラルサスに気づいていなかったようで、シャレードがビクッとして振り向いた。
 声の主がラルサスだと知って、彼女は自然に頬を緩めた。

「今日の授業がおもしろかったので。気になると調べずにはいられないのです」

 そのやわらかな表情のまま、シャレードは答えた。
 
『笑うとかわいいよね〜』

 フィルの言葉に、見惚れていたラルサスは我に返った。
 不意打ちのシャレードの笑顔に心を掴まれ、興味関心が似ていることをうれしく思う。

『本当に。氷の公女だなんて、全然彼女を表していない言葉だな』

 ──彼女は氷なんかじゃなく、もっと透明ななにかだ。

 真っ先に凪いだ湖が思い浮ぶが、そこには光も射せば、そよ風も吹く。青空を映せば月も映す。美しくその表情を変える湖だ。もっとその表情を見てみたい。
 ラルサスはそう考え、気がついた。
 彼の国は乾いていて、水は貴重だ。だから、今、彼が思い描いた湖は空想の産物だ。
 憧れて切望する夢のような光景。心が求める風景。
 それをシャレードと重ね合わせていた。

 ──これ以上、シャレードに心を寄せてはいけない。彼女はこの国の王太子の婚約者なのだから。

 そう思いながらも、ラルサスは彼女に近づくのをやめられず、今日も古アダシヤ王国の文献を探したり読んだり、意見を交換したりして、心満たされる時を過ごした。


*――***――*
 

「カルロ様、公務のお時間です」

 中庭でお気に入りの男爵令嬢とイチャついていたカルロを見つけ、シャレードは声をかけた。
 侍従が言っても聞かないので、何年も前からカルロを連れていくのはシャレードの仕事となっていた。

「取り込み中だ」

 シャレードの方を見もせずに、カルロが言い捨てた。
 いつものことだった。
 そこで、引き下がるわけにはいかず、シャレードは冷静に言葉を連ねた。

「でも、本日はホークルト皇国の使節団がいらして、陛下が必ず同席するようにと……」
「めんどくさいなー。俺にはなにも関係ないじゃないか」
「関係ございます。ホークハルト皇国は重要な貿易相手です。将来、カルロ様が御即位された際に関係を良好に保つためにも……」
「あー、うるさいっ! 行けばいいんだろ! ……マルネ、またな」

 これみよがしにマルネと呼んだ男爵令嬢にキスをして、カルロはようやく立ち上がった。
 馬鹿にしたようにマルネがシャレードを見る。
 悲しく虚しい想いに気分が沈むが、シャレードにも矜持があるので、顔には出さない。
 まだぶつくさ文句を言うカルロを王宮に誘導していった。
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