それは手から始まる恋でした
   ***

 紬は俺のことで苦しみたくないと言った。俺が側にいることで紬を苦しめるのなら大人しく紬から去るべきだと思ったが、一晩中考え、太陽の光がうっすらと照らしだす紬の寝顔を見て俺の考えは変わった。俺の場所は紬の隣だ。

 紬の家から帰った日に穂乃果と話した。穂乃果は、泣いて手当たり次第に物を投げつけてきたが俺は動じなかった。俺の気持ちは変わらないと伝えて俺は必要なものだけまとめて家を出た。

 実家に帰って親にも穂乃果とは結婚する気がないことを話した。親父は驚いていたが、母親は安堵の表情を浮かべた。その日から俺は実家に帰るようになった。帰ると言っても風呂に入ったりするだけだ。

 俺的にはケジメをつけたつもりだ。紬の側にいられるのならどんな形でもいい。陰から彼女の幸せを願おう。彼女の為にできることをしよう。そう決心したのだが、紬を見ると触れたくて仕方がない。紬の頬、唇、腰に触れたい。そして手を握りたい。

 気を抜くとついつい紬に触れようとしてしまうし、自然と紬を目で追ってしまう。

 そして俺は紬の安全の為にと言いながら、こんなところで……これじゃあ俺はまるで、まるで……

「ねぇ、いつまでここにいるつもり? 何日も何日もまるでストーカーだよ。ちょっとドア開けて」

 俺の車に乗り込んできたのは永井港だった。

「仁ちゃん、毎日車でこんなところにいなくてもこうやって僕が来ているから大丈夫」
「来られない時もあるじゃないですか。それに永井さんの家に行くように説得してくれれば俺はこんなところで毎日寝泊まりしなくて良くなります」
「まさか毎日朝までここにいるの? 呆れた。僕の家に来たらって何度も説得したけど駄目だった。紬って意固地なところあるからね。そして超絶鈍感女子。僕が紬のこと本当に好きだったなんて気付いてもないくらいだから、仁ちゃんが毎日こんなところで紬を守ってるなんて気付かないよ。そういえば変な人は捕まったんでしょ」
「はい。他の家でも同じことしていたので通報しました」
「僕は紬に手を出す気ないから新たな彼氏候補を探してやらないと」
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