それは手から始まる恋でした
 これまで派遣社員で事務職だったので社外の人と会食なんてしたことがない。こんな時どうしていいのか分からなかった。誰かに聞いてみようと社内にいる人を見渡していたところに鮫島さんから声を掛けてくれた。

 わざわざ会議室で接待のいろはを教えてくれた。30分前にはお店の前で待っていると聞かされた時は驚いた。なんて無駄な時間なのだろうか。来てみて思ったが、鮫島さん以外に聞くべきだったような気がする。でも忙しそうな社員を見るとなかなか声はかけられなかった。

 会食開始時間5分前にようやく部長と課長が現れた。

「お疲れ様。初めての会食で気合入ってるね。先に店内に入っておこう」

 課長は、慣れた様子でお店の人と話し、個室に移動した。高良はサプライヤーと一緒にこちらに向かっているらしい。

 会食は無事に終わった。と言っても私は何もしていない。本当にニコニコして高良の通訳を聞いてそれに反応していただけだ。注文さえも高良が対応していた。彼らがイギリス人だからか高良も紳士的だった。

 私が同席した理由は、サプライヤーの中にも女性がいたからだそうだ。それを早く言ってくれればよかったものの、変に身構えて鮫島さんに言われた通り財布の中には札束を名刺とともに用意して、これから行くかもしれない女性がいる店をサーチしていた。

 会食後彼らは陽気にタクシーに乗って帰り、部長と課長は夜の街に繰り出した。そして私は何故か高良と二人でタクシーに乗っている。お酒を飲みすぎてしまった私は、高良に手を握られていることも気にしないほど解放的になっていた。

「私、英語勉強します!」
「なんだ急に」
「だって皆さんと一緒に話したいなって思ったんです。高良さんも通訳大変そうでしたし」
「好きにしろ」
「Yes, Sir! それにしても営業って大変ですね。30分前に来て外で待っているなんて」
「バカだな」
「はあ? バカとは何よ」
「鮫島に騙されて未だに気が付いていないからバカと言っているんだ」
「え?」
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