それは手から始まる恋でした
 翌日からの穂乃果さんは凄かった。高良にベタベタだ。

「仁が私と結婚するならすぐに旦那と別れる」

 何度も言っている。高良は苦笑いをしている。抱きついてくる穂乃果さんを何とか頑張って離すが、穂乃果さんは諦めない。彼女として私はどうしたらよいのか分からなくなった。穂乃果さんが高良に抱きつけば抱きつくほど高良は夜私に抱きついてくる。なんだか複雑だ。

「俺は紬だけだからな」

 そして2週間この状態が続いている。穂乃果さんは帰る気がないようだが向こうの家は大騒ぎになっているらしい。旦那さんは穂乃果さんがいなくなったとしか言っておらず自分の浮気のことは1ミリも触れていないそうだ。

「仁は本当に穂乃果さんのこと」
「何度も言うがあいつは妹だ。好きなんて感情は一切ない」
「仁は子供が欲しい?」
「なんだいきなり。まぁ俺似の男の子だと可愛いだろうな。絶対優秀だし」
「それは欲しいってこと?」
「今すぐってわけじゃないけど」

 高良が結婚するのは早くて数年後。高齢出産の年齢が伸びたとはいえ人間の体は変わらない。今年32歳になる私は子供のことを考えれば早いに越したことはない。そもそも高良は私のことを結婚相手に選ぶのだろうか。

 今はとても幸せだ。高良に愛され求められ必要とされている。でもそのうち嫌でも分かる。私は高良と結婚できない。いずれ別れるなら早い方がいいのかもしれない。

 今なら高良は穂乃果さんと結婚できる。年齢が同じ穂乃果さんと結婚する方がお互いにとって幸せかもしれない。二人が結ばれれば高良は私のことなんてそのうち忘れるだろう。私は穂乃果さんの代わりだったのだから。

 それに私が高良を幸せにできる確率より穂乃果さんが高良を幸せにできる確率の方が何百倍も高い。穂乃果さんが言っていた。彼女の会社と高良の会社が一つになれば業界に大きな波が訪れる。そのすべてを高良が取り仕切り天下も夢じゃないと。

 高良の幸せを考えると出てくる答えは一つしかなかった。

「仁、別れよう」
「え? 今なんて言った?」
「別れよう」
「別れない。今すぐ穂乃果追い出すから。とりあえず、陵の家にでも」
「違うの。私がもう限界なの」
「限界って」
「手握ってくれる? 私ね、仁が私の手に触てくれるの本当は大好きだったんだ」
「ずっと触る。ずっと握る。絶対離さない」

 若いから無謀な結婚もできる。後先考えずに恋愛もできる。私があと5年若かったら高良とこのまま突っ走れたかもしれない。恋愛経験はないとはいえ社会人経験は長い。人の恋愛事情も見てきた。もう私にはこれ以上高良を私の我儘に付き合わせて振り舞わすことはできない。

「寝たら落ち着くかもな」

 その日私たちは強く抱き合って眠りについた。
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