鎖から放たれた蝶々は美しく羽ばたく
「なあ。
それ、新しい眼鏡?」

帰りのタクシーの中、上司が私の顔を興味津々にのぞき込む。

「ええ、はい」

似合わないとかゲラゲラ笑うのだろうと身がまえたものの。

「いいな、それ。
前のよりぐっと表情が明るく見える」

ふっ、と小さく笑い、彼が顔を離す。
それだけでぽっ、と顔が熱くなった。

「でもその、顎のでかいガーゼは間抜けだけどな!」

案の定、彼は腹を抱えて笑っている。

「……酷いです」

「悪い、悪い。
ちゃんと手当てしてもらったんだな、よかった」

むくれた私のあたまを、彼はぽんぽんした。
それだけで、機嫌が直っている自分がいる。
でも、私に触れるその左手薬指には、既婚者の証が光っているのも知っている。

「俺からもお前を助けてくれた奴に、礼を言わないとな」

「あー、でも、どこのどなたか、わからなくて……」

病院の人と親しそうだったから訊けばわかるかと思ったけれど、個人情報だからと教えてもらえなかった。
覚えているのはとても優しい人だというのと、微かににおう、爽やかな中にほんの少しだけ甘さの漂う香り。
あとは――唇の、柔らかさ。

「……!」

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