鎖から放たれた蝶々は美しく羽ばたく
彼は申し訳なさそうだが、このあとの予定があるのにここまでしてもらって反対に私の方が申し訳ない。

「いえ、こちらの方こそありがとう、ございました。
改めてお礼をしたいので、連絡先を教えて、いただけますか?」

「ん?
そんなの、いいよ。
ただ僕が、助けてあげたかっただけだし。
じゃあね、苺チョコちゃん」

振り返った私の、唇になにかが触れる。
状況を把握できない私を残し、ドアが開いて閉まる音がした。

「……?」

いま、キスされた気がするんだけど……?
いやいや、初対面の、しかも行きずりの女、さらにこんな地味な私にキスしたい人間がいるはずがない。

「……たぶん、気のせい」

けれど一瞬だけ触れた、柔らかいそれがいつまでも忘れられなかった。

事務員さんに眼鏡店まで連れていってもらい、眼鏡を受け取る。

「これで一安心、と。
さ、早く行かないと先方がきっと困ってる」

上司の話はあちこちに飛ぶから通訳が必要なのだ。
困り果てている先方の顔が思い浮かぶ。

何事もなく現場へ到着し、仕事は無事に終わった。
上機嫌で飛び跳ねまくる上司を捕まえるのには苦労したけど。
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