指輪を外したら、さようなら。
16.新しい指輪



「女に逃げられた鬱憤を仕事で晴らす――。型通りでつまんねーな」

 定時を二時間過ぎて、いい加減小腹が空いたとコンビニに行くエレベーターに、長谷部課長が乗り合わせた。

 千尋が辞めてから、課長はあからさまに俺に当たりが強い。

 千尋を探していると伝えてあったが、探し方が手ぬるいとでも思われているのだろう。

 鶴本くんに、千尋の大学時代の仲間に連絡をつけて、千尋を探して欲しいと頼み込んでから一週間。

 鶴本くんからは、事情を話した翌日に、千尋の仲間に事情を話して探してもらっている、という連絡がきただけだった。

 もどかしかった。

 俺は、社内で千尋と接点のあった何人かの女性社員に、それとなく彼女の交友関係や、家族についてを聞いてみたが、誰も何も知らなかった。

「仕事放って探し回れって言いたいんですか? それで仕事を失くしたら、それこそ千尋のしたことが無駄になるじゃないですか」

「かーっこいー」

 バカにした口調に、ムッとする。

「なんなんですか、最近。俺が不甲斐ないと馬鹿にするのは勝手ですけど、さすがに――」

「――探してるのは相川じゃなくて次の女だろ?」

「はぁ?」

「社内で、噂になってんの知らねーのかよ。離婚が成立した有川が社内の女を口説きまくってる、ってさ」

 初耳だった。

「はぁ? なんだよ、それ!」

「知るか。お前にランチ誘われただの、ホテルに誘われただの、女性社員が騒いでるってよ」

「嘘だろ……」

 俺は降下する鉄の箱の中で、頭を抱えてしゃがみこんだ。

「火のない所になんとやら、だ。何をしてんだよ」

 頭上から、低く冷気を纏った言葉の槍が降ってくる。

「千尋の行き先を知らないか、ヒントになりそうなことを知らないか、千尋と親しかったっぽい女に声は掛けましたけど……」

「どんな声の掛け方したら、ホテルに誘われた、になるんだよ」

「知らねーよ!」

 思わずタメ口になる。

 エレベーターが一階に到着し、扉が開いた。

 課長がさっさと降りる。

「十分だけ待ってやる。上に戻ってタイムカードを押してこい」

「へ?」

「相川の事がわかるかもしれない」

 扉が閉まる。

 訳が分からないまま、俺は箱を上昇させた。

 きっかり十分で帰り支度を終えてタイムカードを押して、一階に戻った。

 課長は無言で歩き出し、会社を出てすぐにタクシーを拾った。

HOTEL NEW LIBBER(ホテル ニュー リバー)THE TOWER(ザ・タワー)まで」

 タクシーの運転手は、車を発進させた。

「なんでそんなとこ――」

「大河内勇に会う」

「はい?」

「相川の居場所を知りたいんだろ?」

「それで、どうして――」

「――行けば分かる」

 話には聞いていたが、俺は会うのが初めてだった。

 会長の長男でありながら、後継者にはなれなかった愛人の子。

 前社長の兄で、亘の伯父で、大河内観光の副社長。

 それから、千尋の母親を知っている男。

 ホテルに着いて、課長がフロントで名前を告げると、応接室に案内された。

 ふかふかの絨毯に、ふかふかのソファに、大理石のテーブル。飲み物を聞かれて、俺も課長もホットコーヒーを頼んだ。
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