指輪を外したら、さようなら。
「お前の不倫相手は、お前が他の男に抱かれてもなんとも思わないような男なのか?」

「あなたの相手は? 別居中とはいえ、あなたが妻とホテルの同じ部屋に泊まると聞いても、笑顔で送り出してくれたの?」



 美味い冷麺を連想させただけ、なんて言えるか――!



「とにかく――」

「嫌よ」

 美幸はパッと俺から身体を離し、バスローブの足元を整えた。

「離婚はしない」

「なら、不倫のことを――」

「言えば? あなたにやましいことが一つもないなら」と言って、美幸はまたスマホを手にした。

「あなたの不倫が別居前からか後からかなんて、証明できる?」

 胸糞が悪い。

 三十三年の人生で、これほど嫌える女はいない。ある意味、最強だ。

 それが、戸籍上とはいえ『妻』だなんて、三流小説のネタにもならない。

「お前は何がしたいんだ」

「別に?」

「だったら――」

「ただ、ずるいなぁと思うだけ」

「何が」

「私たちが離婚しても、私は本当に好きな人と結婚出来ないのに、あなたはするんでしょ? 不公平じゃない」

 意味がわからない。 

 全く、わからない。

「それはお前の問題だろ。俺には――」

「あなたが私以外の女のものになるのが嫌だと思うくらいには、あなたを愛してるってことよ」

「奇遇だな。俺も愛してるよ。駆け落ちでも何でもして、俺の前から消えて幸せになって欲しいと思うくらいにはな」

 俺はスマホ一つを持って、部屋を出た。

 便利な世の中だ。

 スマホがあれば大抵のことは何でも出来る。

 俺はホテルを出て五分ほど歩き、さっきのホテルの半値以下で泊まれるビジネスホテルにチェックインした。

 さっきの部屋の半分以下の広さでも、美幸がいないという一点だけで、天国だった。

 俺はベッドに身を投げ出し、スマホの充電が七十パーセントなのを確認してから、千尋の番号に発信した。

 時刻は二十二時四十分。

 俺と一緒の時は寝かせる時間じゃないけれど、一人の時はどうだろう。



 ――ってか、一人か?



 美幸に影響されたのか、疑り深くなってしまう。

 五回目の呼出し音(コール)の後に、気怠そうな千尋の声が聞こえた。

『もしもし?』

「寝てたか?」

『ん……。ソファでうとうとしてた』

 千尋の部屋のソファは座椅子みたいに背が低くて、柔らかい。俺も良く、寝入ってしまいそうになる。

「千尋」

『ん……?』

「千尋」

 んんんーーーっ、と伸びをする声が聞こえた。

「ベッドで寝ろよ。風邪ひくぞ」

『どうしたのよ』

「いや? お前の声が聞きたくなっただけだ」

『……奥さんとなんかあった?』

「……」

 思い出したくもない。
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