指輪を外したら、さようなら。

「龍也のことだから、今わの際にあきらの名前を呼びそう」

『……』

「あきらの本心を聞けずに死ぬなんて、死にきれなくて化けて出るかもね」

『何が言いたいのよ……』

 声から察するに、私の突拍子もない話の流れに、あきらの涙も止まったよう。

「龍也が成仏できるかどうかは、あきら次第ってことよ!」

『意味わかんないから!』

「後悔するなってこと! 後は自分で考えろ、バカあきら!!」

 あきらが言い返す前に、私は電話を切ってスマホをテーブルに置いた。

「お前、泣いてる友達になんつーことを……」

「いいのよ! あんなわからずやの頑固者!」

 私は目の前のカップに手を伸ばし、温かいコーヒーを一口飲んで、ふうっと息を吐いた。

「龍也が幸せにしてくれるって言ってんのに、ぐちゃぐちゃ言い訳してさ! いつか龍也が後悔するかもなんて、考えたってわかるわけないじゃない!」

 もう一口コーヒーを飲んで、カップをテーブルに置き、ドカッとソファにお尻からダイブした。

「酔わせて婚姻届けにサインさせてやろうか」

「いくら友達でも、犯罪はやめとけ。つーかお前、ぽっくり死ぬネタ、好きだな」

「は?」

「俺にも言ったじゃん。『明日ぽっくり死んだら、保険金は奥さんのモノになるけどいいのか』って」

「ああ……」

「誰かいたのか? 後悔したままぽっくり死んじゃった人」

『あの人と同じお墓に入りたかった』

 ずっと忘れていた声が、耳の奥によみがえる。

『あの人の妻になりたかった――』

 背筋がゾクッと寒くなる。

「とにかく、人生何があるかわからないんだから! 龍也があんなに想ってくれてるんだから、あきらは龍也を信じればいいのよ!」

「その言葉、誰かそっくりお前に言ってくんないかね」

「はぁ?」

 興奮気味に比呂の首根っこを掴む勢いで迫ると、チュッと音を立ててキスをされた。

「俺が幸せにするって言ってんのに、指輪してなきゃとかぐちゃぐちゃ言ってんのは、どこの誰だろうな? こんなに愛してんのに、信じてくんないのは?」

 急に真顔で見下ろされ、思わず身体を引く。が、腰をホールドされて引き寄せられる結果となった。

「けど、そうだな。わからずやの頑固者は、酔わせて婚姻届けにサインさせるくらいがちょうどいいのか」

 首筋に顔を埋め、唇を押し付けられる。

「つけちゃ――」

「お前がぐちゃぐちゃ言わずに俺を受け入れたら、お前の友達もそうするんじゃね?」

 キスマークをつけられるのかと思ったら、舌先が触れてチロチロと行ったり来たり。

 息がかかってくすぐったい。

「なんでよ」

「なんとなく」

「うわ。テキトー」

「ちょうどいいだろ。ぐちゃぐちゃ考え過ぎるお前らには」

 比呂の重みを受け止めて、ソファに寝転んだ私は、そのぬくもりに目を閉じた。

 あきらはいい。

 あきらさえ勇気を出して龍也の気持ちを受け入れれば、幸せになれる。

 私とは違う。



 あきらは汚れていない。

 ――私とは違う。

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